第4話

 アンドリューのもとを離れ、三日目。

 これまでの道のりは順調だ。

 目的地が王都だからか、整備された道が多くなってくる。
 地面は石畳などなくむき出しであるが、商人や馬車の往来があるため、地面のおうとつは少ない。
 人の話し声も聞こえ、孤独もあまり感じなくなった。だからこそ、気分もよく、足どりが軽いのだ。

 このペースで歩けば、予定よりも早く王都には着けるだろう。

 そう思っていたけれど、太陽がちょうど真上に来たころ、雲行きが怪しくなってきた。暗雲が立ちこめ、風が吹きつける。湿った空気は、もう間もなく雨が降ることを知らせていた。

「ちょっと待ってよ! 雨宿りする場所なんてないって!」

 フードを深くかぶりながら、地をけって駆けだす。私と同じように道を歩いていた人たちも、空を見あげ、顔をしかめて駆けだす。

 この道をもうすこし行ったさきに、休憩所がある。みんなそこに向かうのだろう。
 そこで雨宿りをするのもいいが、今は一秒でも早く王都に行きたい。

 私は視線を飛ばし、身を隠せそうな場所を探す。

 人がいないところ。どこ。どこかないの。茂みでもいい!

 影になる場所を探している間に、空からは雨粒が降りはじめ、空は表情を変えて激しく泣く。あっという間に全身びしょ濡れだ。

「もう、待ってよ!」

 文句を言いながら走っていると、小さな茂みを見つけた。そこに飛びこんで身を隠し、フードをはずす。濡れた髪が頬や額に張りつき、気持ち悪い。髪をかきあげ、空を見つめる。
 胸の前で手を組み、大きく息を吸いこんだ。

 私はコレを、いつから知っていたのかわからない。

 気がついたら知っていて、なんの違和感もなく使っていた。

 顔に張りついた髪が、風もないのにふわりと浮きあがる。頭の中に広がる言葉を、私は空に聞かせるようにつむいだ。

 雨の中、空の機嫌をとるようにひたすら言葉をつむいでいると、やがて分厚い雲は引き、隠れていた太陽が顔をだす。雨露をひときわかがやかせ、惜しみなく光を浴びせる。

 空が安定したのを見とどけ、私はようやく肩の力をぬいた。軽く息を吐きだし、肩をまわす。
 コレをするとひどく疲れる。体に重石をつけているような気になるのだ。
 はじめのころなんて加減がわからず、ふらりと倒れては熱をだしていた。

 雨でぐしゃぐしゃになった服と髪ををキツく絞り、フードをかぶり直す。目にぺたりと湿った布が張りついた。
 服が全身にくっついて歩きにくいし気持ち悪いけれど、まだまだ日は高い。歩いていれば自然と乾くだろう。

 誰にも見られてはいなかったか、一応あたりを確認してから茂みからでる。とくに人はいない。だれにも見られてはいないようだ。
 ホッと息を吐きだして、私は素知らぬ顔で街道へもどる。

 私のコレは、アンドリューをふくめた盗賊団の初期のメンバーしか知らない。
 私がまだ物心ついたばかりのころ、毎日雨が続いてうんざりしていたときに、はじめて空に向かって言葉をつむいだとアンドリューは言っていた。

 私が話すと天気が変わる。

 はじめは偶然かと思っていたらしいアンドリューたちも、いくどとなくつづく音と雨に、違和感を感じたと言っていた。

 そして私は、大きくなり、ものごとが理解できるようになると、アンドリューたちにコレのことを口外してはならないと、そう約束させられたのだ。

 理由はよくわからない。ただ、狙われやすくなると、アンドリューは言っていた。天候を操るなんて、ふつうはできないからだろう。
 ただでさえ、私の青い髪と瞳は目立つ。
 その上さらに狙われる要因を作ってしまうほど、足手まといになるつもりなんてなかった。

 今、はじめて約束を破ってしまったわけだが、緊急なので無効だろう。なにより、アンドリューは見ていないので言わなければわからない。

 水分をふくんで重くなった荷物にため息をつきつつ、私はふたたび王都までの道のりを歩きだした。

 ひとりで王都を目指し、歩きはじめて九日目にして、私は王都をぐるりと一周している白い壁を拝むことができた。

 王都は王族が住んでいるからか、あまりひらけていない。警備が厳重で、人や商品のチェックも厳しい。
 王都へ入るための入り口は、門番のいる巨大な門ひとつしかなかった。それ以外は隙間なく壁が囲っていて、ネズミ一匹入ることもできやしない。

 まずは、すこし離れたところでほかの商人たちの様子をうかがう。どのようなチェックが行われているのかを観察した。
 私はこの間おたずね者になったばかりだ。この青い髪や目を見られたら、すぐに私がそのおたずね者であるとバレてしまう。それだけはなんとしても避けなくてはならない。

 王都へ入るための審査は、身体検査や持ち物検査からはじまり、最後に銀色をしたカードを見せていた。
 当然だが、私はそんなものを持ってはいない。ぶつかったフリをして盗むこともできるが、身体検査があるなら結果は同じだ。
 私は王都には入れず追い出されるか、牢獄行き。
 王子の髪をむしりとる前に捕まるのだけは嫌だ。

 しかたなく、一度王都を囲っている壁の周りを歩いてみることにする。
 壁の高さは、私10人を軽く超えるくらいだ。あまり引っかかりもないし、この高さを登るのは骨が折れる。だが、そんなことを言っている場合ではない。

 私は持ってきた荷物の中から、フック付きのロープを取りだす。いつもは洞窟のそばの崖を登るのに使っているが、壁も崖も大した差はないだろう。

 壁の向こうに人がいないか、冷たい壁に耳を押しあてて探る。どうやら壁はそうとう分厚いようで、なにも聞こえなかった。

 忍びこんでしまえば、どうとでもなる。

 私はロープを握って、勢いをつけるためにぐるぐると回す。壁のてっぺんに向かって、フックを思いっきり投げた。
 ガシャンッと耳に心地いい音を響かせ、フックが固定される。何度かロープを引っ張って、安定していることを確認してから、私はロープを登りはじめた。

 ロープを八割登ったところで、人のざわめきが耳にとどいた。視線を下げると、口をあんぐりとあけて私を指さしている商人。
 どうやら見つかってしまったようだ。だが、壁はあとすこし。悪いけど、止まったりはしないよ。

 私が壁に両足をつけて一気に飛び上がったのと、下にいた商人が悲鳴をあげたのは同時だった。

 フードを押さえながら、壁の上にうまく着地をする。素早くロープを回収して、集まってきた門番たちにひらりと手をふった。

「すこし用事があるので、おじゃまします!」
「し、侵入者、侵入者だー!」

 勇ましい声を背中に受けながら、私は壁の上を歩く。やがて、飛び移れそうな屋根が視界に映りこみ、そのまま屋根の上に飛びのった。

 このままお城に行くよりも、一度身を隠して、騒ぎが落ちついてからのほうがいい。城の周りの作りも確認しておきたい。

 屋根の上を走りながら、町の中を把握する。
 どうやら王都は、お城を真ん中にして、十字に大通りが通っているようだ。
 東西南北に伸びた広い道には、多くの人が行き交っている。王都らしく商売人が多いようだ。見慣れない格好の者もいるから、他国の人だろうか。
 そんな町の真ん中に堂々と君臨する城の周りは、水路が囲っていた。透きとおる水は太陽の光を反射して、目を焦がす。

 どうやら、この水路のおかげで、町のど真ん中にお城があってもそうやすやすと侵入者を許さない造りになっているようだ。
 なかなかに考えられた造りだと思うが、残念なことに、私にかかればあの水路を飛び越えるなど、赤子の手をひねるようなもの。
 侵入者対策がされていないのと同じだ。

 ひとまず人気のない路地に着地する。さっき見た王都の道を思いだしながら、角を何個か曲がり、影になる場所で素早く服を着がえた。
 さっきは黒いコートだったが、今度は白いコート。フードをかぶり、私は素知らぬフリをして大通りにでた。

 街の中では、黒いフードをかぶった侵入者を探しまわっていた。
 人は、とっさに色で覚えることが多い。
 そのとき見た、一番印象に残っている色を、無意識に探してしまう。
 真っ白のコートに着がえたので、これでしばらくは目くらましができるだろう。

「さてと。とりあえず、腹ごしらえでもしようかな」

 近くにあった、大きく看板が掲げられたお店へと、私は足をすすめた。

 この店は酒場と宿屋を兼任しているようで、中はとてもにぎわっていた。テーブル席は団体で埋まっていたが、カウンター席は空いていた。
 ちょうどよかったと、私はカウンター席のど真ん中、店の主人が目の前にいる席に腰かけた。

「いらっしゃい」
「どうも。なにか飲むものちょうだい。あと、この店一番のオススメ料理」
「はいよ。飲み物はぶどうジュースでもいいかな? 採れたてのいいものが入ってね」
「採れたて!? わあ、うれしい!」

 手を叩いて喜ぶと、店主は気をよくしたのか、誇らしげに口もとをゆるめた。そして、グラスに鮮やかな赤紫色の液体をそそいでくれる。

「はいよ。ああ、料理の好き嫌いは?」
「ないよ。なんでも食べる。それこそ雑草だってね!」
「ははっ、それはチャーミングな冗談だね」

 おだやかに笑いながら、店主は冷蔵庫から食材を取りだした。
 べつに嘘ではないのだが、まあいいだろう。雑草といっても、食べられる雑草だ。これは、アンドリューたちから教わった知識だ。
 町や村などがない地へ探検に行くときは、必ずしもおいしい食事にありつけるとはかぎらない。
 動物を自分で狩ったり、木の実をとったり、山菜や雑草、なんでもありだ。
 すばやく野菜を刻んでいく店主の手もとを見ながら、私は口をひらく。

「ねえ、この国の王子様って、どんな人?」
「おや。王子様に興味があるのかい?」
「うん。私、王子様は見たことないんだけど、かっこいいっていう話を聞いたんだ」

 じっさいには会ったし、なにより私はおそらく王子におたずね者にされたわけだが、ここは探りを入れるためにも、適当に話をつくる。

「ああ、そうなのかい。たしかに王子様方は、とても美しいよ」
「そうなんだ。王子って二人いるんだよね? 第一王子って……」
「ああ、サルタス様か」

 第一王子は、サルタスという名前らしい。
 第二王子が、たしかルーカスという名だ。

 さて、ここからどうするか。二人の王子。アンドリューの話では、第一王子には赤い瞳がなかったから、王位継承権がないという話だ。
 すこしカマをかけてみるか。

「そのサルタス様って、こわい人だって聞いたけど、本当?」
「厳格そうに見えるが、本当はやさしいお方だと耳にするよ」
「へぇー、そうなんだ」

 おだやかに笑って否定した店主に相づちをうちながら、ぶどうジュースを飲む。
 やさしい人……私の境遇を知って、味方についてくれたりしないだろうか。
 考えを巡らせ、私はさらに探りをいれる。

「でも、サルタス様は王太子じゃないんでしょ?」
「ああ。赤い瞳を持っていたのは、第二王子のルーカス様だったからねぇ」

 店主は言いながらフライパンを火にかけ、卵をほぐす。どうやらオムライスのようだ。

「サルタス様とルーカス様は、仲悪くないの?」
「さぁ、とくにそう言った話は聞かないねぇ」
「そうなんだ」

 仲は悪くないようだ。それでは第一王子を味方につけるのは難しいだろう。
 はじめて会う女と弟、どちらの味方をするかなど明白だ。王位争いというのは複雑だと思っていたが、そうでもないのか。

「じゃあ、そのルーカス様って、どんな人?」
「ルーカス様は、神がお造りなさったお人だよ」
「えっ」

 軽くドン引きした。
 なんだその怪しげな信仰心は。

「あのような完璧な方は、どこにもおられない。容姿端麗、頭脳明晰、さらには剣術の達人であらせられる」

 目の前に、とろとろのオムライスが出された。これはもう、王子の話はやめよう。怪しげな信仰心を語られそうだ。

「非の打ちどころがない方というのは、存在するんだねぇ」

 恍惚とした表情を浮かべる店主を無視して、オムライスを頬張った。

「ただひとつ問題があるとすれば……」
「あるとすれば!?」

 思ってもみなかった言葉に身をのりだす。店主は片手を頬にあて、困ったように小さなため息をついた。

「妃を娶られないことだ」
「……そうですか」

 期待した私が馬鹿だった。
 なにか弱点がつかめないかと思っていたが、そんなに完璧な男だったのか。どうやって頭の毛をむしりとればいいんだ。

「あの王子の子なら、さぞかし美しいだろうからねぇ。黄金の髪、燃えるような赤い瞳。遠目から見るだけでもわかる美しさだ」

 店主がひとり話している間にオムライスを平らげ、お代をカウンターの上においた。

「おや、もう帰るのかい?」
「うん。ごちそうさま」

 店主はよき話し相手を失うことに、あからさまにガッカリした顔をした。悪いが私は忙しい。そんなにあの性格悪王子の話をしたいなら、ほかの人を捕まえてくれ。

 ひらりと手をふって、私はさっさと店をあとにした。

 残念ながら、これといってめぼしい情報は得られなかった。しかし、頭脳明晰、剣術の達人となると、あのときは油断していたのだろうか。
 あんなにあっさりと私にものを奪われるなんて、とてもじゃないが剣術の達人とは思えない。それとも、剣術の達人というのがデマなのだろうか。

 城の周りを一周して、進入できそうな場所を確認し、私は夜が来るのを待った。