第3話

「はー、なるほどなぁ」

 事情を話し終えると、アンドリューは腕を組んで立ちあがった。私も立ちあがり、アンドリューに頭をさげる。

「ごめんなさい。軽率だった」
「いや、おまえは謝るようなことはなにもしてない」
「でもきっと、あの男、私がぬいぐるみ盗ったから、腹いせにおたずね者にしたんだと思う」
「もともと、あれはエミリアのだろ? おまえは泣いてる妹の宝をとりもどしただけだ。ローゼリッタ、おまえは、なにも悪くない」

 アンドリューが私を愛称ではなく、ローゼリッタと呼ぶときは、真剣になにかを伝えたいときだ。だから私は、感謝の気持ちをこめてアンドリューに笑顔をかえす。

「それにしてもなあ。拾ったぬいぐるみ盗られたくらいで、おたずね者にするか? ふつう」
「さあ。でもなんか、変な男だったし」
「占いがどうとかか?」
「そうそう。いまどき占い? そんなの信じる人いないって」
「まあ、俺らはそうだな。だけど……あー、占いって言えば、王都だな」
「王都?」

 聞き返すと、アンドリューは顔をしかめ、額に手をあてて天井を見あげた。

「あー、ダメだ。いま、すっげー嫌な予感が浮かんだ」
「えっ、なに?」

 嫌な予感というのに好奇心をくすぐられ、アンドリューの服を引っ張る。アンドリューは片手で顔をおおったまま、指の隙間から横目に私を見下ろした。

「ローゼ、おまえ、その男、赤い瞳をしてたって言ったよな?」
「うん。言ったよ。血みたいに真っ赤で、不気味だった」

 思い出すだけでぞっとするような色だ。今まで、赤い瞳の人間なんて見たことがない。

 もしや、あの男は人間ではなかったのではないのか。

 恐ろしいことを考えてしまい、体がふるえた。

「あー、あのだな」
「なに?」
「赤い瞳ってのは、王族の証だ」
「……はい?」

 すぐには理解できずに、何度も目をまたたいた。
 アンドリューは片手をはずし、正面から私に向きなおる。その顔には、困ったような苦笑が浮かんでいた。

「もう一回、言って?」
「だからな? 赤い、真紅の瞳を持つのは、代々王族……次期国王になる者だと言われてる。この国は、赤い瞳の者に、王位継承権があたえられるんだよ」
「え、と」
「なぜかは知らんが、王の子は赤い瞳をもって生まれてくることがあるそうだ。この国の王子は二人。赤い瞳を持って生まれたのは、第二王子、ルーカス・キング・フォード。この国の、正当な王位継承者だ」

 なにそれ。待って、待ってよ。

 そんなの聞いてない。

「悪い。そういうこと教えてなかったな。盗賊団だし、みんな勉強嫌いだからなー。いつの間にかしなくなったんだよな」

 ははは、とから笑いするアンドリューの声が、頭の中をとおりすぎていく。私は自分のしたことの大きさを理解し、体がふるえた。

「私、王子様のぬいぐるみ盗っちゃったの?」
「いや、あれはもともとエミリアの……あー、まあ、王子様的には、そう言うことかもしれないな」
「うそ……じゃあ、私をおたずね者にしたのって」
「あー、まあ、気にするな。もともと、俺たちははみ出し者の盗賊団だ」

 アンドリューはそう言って、私の頭に大きな手をのせた。

 たしかに私たちは、はみ出し者の盗賊団だ。
 盗賊、ゴロツキ、詐欺師、悪徳高利貸し。すこし痛い目にあっても心が痛まない奴らをターゲットとして今まで生きていた。

 だけど。

 国に目をつけられて、無事でいられるはずがない。私がこの盗賊団にいるとバレてしまったら、みんなが危険になる。

 出なきゃ。ここから、離れなきゃ。
 そうしなくちゃ、大切な家族に、危険がおよんでしまう。

 目の前に迫りくる闇を感じて、強く手を握りしめた。

「ローゼリッタ」

 たしなめるように低い声で名前を呼ばれた。そのまま何度か、頭を軽くたたかれる。

「馬鹿なこと考えるなよ。俺たちは家族だ。みんなでいれば、きっと解決策も見つかるさ」

 そう、私たちは家族。
 だから、家族の安全を一番に考えしまうのも、しかたのないことなんだよ。
 だって、私にとってこの場所は、なによりも大切な……かけがえのないものだから。

「大丈夫。アンドリュー、ありがとう。大好きだよ」

 笑顔でそう言ったのに、アンドリューは顔をしかめた。

「私、部屋にもどるね。みんなに心配かけてごめんねって、言っておいて」
「おい、ローゼ」
「あっ、そうだ。アンドリュー」

 私は胸にかかっていたネックレスをはずし、アンドリューに突きだす。アンドリューは目を見ひらいて、そのネックレスを見つめた。

「おい、どういうつもりだ」
「あげる。なにかあったら、お金に変えて」
「おい、これはおまえのっ」
「じゃあアンドリュー、またあとで!」
「おい、待て! ローゼリッタ!」

 アンドリューの怒号を背中に受けながら、私は駆け足で自分の部屋に向かった。

 あのネックレスは、私がもともと身につけていたものらしい。
 銀色の台座に支えられるようにして、青い、透き通ったガラス玉がある。そのガラス玉の真ん中には、『ローゼリッタ』と刻まれている。

 私は、自分の名前を知らない。

 アンドリューが私を見つけたときは、言葉も話せない赤ん坊だったらしい。
 私が身につけていたネックレスにローゼリッタと刻まれていたから、私をローゼリッタと呼ぶようにしたと聞いた。

 ローゼリッタという名前は、嫌いではない。
 アンドリューが……みんながくれた名前だと、私はそう思っているから。

 私は、子どもを捨てる親を親とは認めない。たとえどんな理由があったとしても。
 だけど、そのおかげで私はアンドリューたちと出会えたんだと思うと、生みの親にたいする恨みは薄れてしまう。我ながら単純だ。

 私の親は、アンドリューたちだけだ。

 そのアンドリューたちがくれた名前が刻まれていたから、私はあのネックレスを手放せなかった。アンドリューたちは、それを私が顔も知らない親を想っているからだと思っているようだが、それはとんでもない勘違いだ。

 私は、あのネックレスが大切なのではない。
 アンドリューたちが、私にはじめてくれた、ローゼリッタという名前が大事なのだ。
 だからローゼリッタと刻まれているあのネックレスは、私の宝物だった。

 そして、ココを離れる私を忘れてほしくなくて、私はアンドリューにあのネックレスをたくしたのだ。

 私はココを離れるけれど、もしも帰ってこれたときに、私のことを忘れないでいてほしい、と。

 部屋にはいり、私は旅支度をする。
 することは簡単だ。王子に自ら直談判しにいく。それしかない。

 王子だかなんだか知らないけど、勝手に人のものを奪っておいて、それを盗られたから指名手配なんて、とんだ暴君だ。どんな腹いせだ。自分が悪いと思わないのか。
 いや、思わないのかもしれない。なにせ王子だ。すべてが意のままになると思っている、最低な男なのかも。

 そもそも、そんな男が王子だなんて、この国のさきが思いやられる。
 まあ、私にはあまり関係ないかもしれないけど。なんたって私は盗賊だ。お国とは縁遠いところにいる。

 この国がどうなろうと、私には関係ない。
 国は私たちを助けてはくれない。
 私は、たとえ国が滅びようと、アンドリューたちが無事ならそれでいいのだ。

 とにかく、王子を脅してでも私の手配書を取り下げさせ、この盗賊団に危害がおよばないようにしないと。

 すべては、それからだ。

 私はリュックに、あり金ぜんぶと、着替え、食料に水、必要なものをつめこむ。
 王都はとなり町だから、そんな大がかりにはならないだろう。歩いて10日程度だ。10日分の食料と水、最低飲み水だけあれば、あとは適当に動物を狩って食べればいい。
 私は相手がたとえ王子だろうと、売られた喧嘩は買う。それが盗賊だ。

 その日の夜中、私はリュックを背負い、部屋をぬけだした。

 我が家である洞窟をでる直前、入り口に仁王立をしている人を見つけた。いるだろうなと思ってはいたが、やっぱりいたようだ。

「アンドリュー」

 逆光になってよく顔が見えないが、怒っているのだと思う。

「ローゼリッタ」

 低い声に、怒りの感情がのっていた。怒られるのだとわかって、肩をすくめる。

「アンドリュー、ごめん。でも私、納得いかない」
「ローゼ」
「あれは、エミリアのだった。ただぬいぐるみ盗られたくらいで手配書だなんて、腹が立つ。なにより、私の大事な家族を危険にさらすようなマネして……思いっきり踏みつけてやらないと気がすまない!」

 足を踏み鳴らすと、アンドリューは深く息を吐きだして、ゆっくりと歩みよってきた。距離が近づき、アンドリューの顔がよく見える。
 アンドリューは、困ったような、それでいてあきらめたような顔をして、力なく笑っていた。

「まったく。おまえは、とんだじゃじゃ馬だよ」
「なにそれ」
「頑固だからな、おまえは。止めても聞かないんだろ?」
「よくわかってるね」

 顔を見合わせ、お互い小さく笑う。
 アンドリューは、それこそ私が生まれたときから一緒にいたようなものだ。私の性格は、誰よりわかっているのだろう。

 アンドリューは一度目をふせ、ゆっくりと視線を私に向ける。その目は、私の体を射抜くような強さを持っていた。

「ローゼ、なにかあったら逃げろ。ローゼなら、鍵あけ縄ぬけ、簡単だろう。おまえの身軽さは、俺たちの中でも群をぬいているからな」
「もちろん! そこは自信あるよ」

 私は大きく胸をたたいた。

「それに、いざとなったらおまえは……」

 アンドリューはなにか言いかけて、そのまま言葉を飲みこむように首をゆるくふり、慈愛のこもった笑みを浮かべる。

「ココは、おまえの家だ。王子を踏みつけてきたら、もどってこい」

 ふわりと、やさしく頭をなでられ、私は感極まってアンドリューに抱きついた。たくましい腕が、きつくきつく抱きしめ返してくれる。
 父と娘の、いっときの別れの抱擁。

「私、みんなのこと大好きだよ」
「ああ。俺たちもだ。朝起きたら、みんなローゼがいなくて泣くぞ。それを俺たち大人組がなだめるんだからな。今から憂鬱だ」
「じゃあ、アンドリューたちが眠れなくてクマ作らないように、早く帰らないとね!」
「ああ」

 うなずいたアンドリューから手をはなし、一歩ずつうしろに下がって距離をとる。

「じゃあね、アンドリュー。王子を殴り飛ばして踏んづけたら、帰ってくる! 行ってきます!」

 それだけ言って、私はアンドリューの脇をすりぬけた。

 きっとアンドリューは、私がもどってこれないかもしれないと、わかってる。わかってて行かせてくれる。
 生きるのは自由だと、常日頃からそう口にするような人だ。
 私がもどってこれないかもとわかってても、止められない。それを知っていながらアッサリとこの場を離れる私は、アンドリューからしたらとんでもない親不孝者なのかも。
 苦笑いをしながらも、強く足を踏みだす。

 それでも私は、守りたいものがある。

 死に絶える子ども。そんな子たちにとって、この場所はなくてはならない場所だ。

 私は生まれ育った盗賊団を振り返らず、外へと飛びだした。

 目指すは王都。あの変な王子のもとへ。私は、私の平穏を取りかえすのだ。

 だって、私は、盗賊だ。

 奪われた物は、この手の中に取りもどす。

 月の明かりだけが、ぼんやりとあたりを照らした。生き物の気配はなく、耳にとどくのは、風に吹かれて地面を転がる石の音だ。
 私はフードを深くかぶり直しながら、夜明けを待つべきだったと後悔のため息をつく。

 だいたい、アンドリューもこんな夜中にうら若き乙女を放りださなくてもいいのに。
 そうは思うが、あんな感動的な別れをした手前、今さら引きかえすのはプライドが許さなかった。
 それに、今はわずかな時間も惜しい。大切な家族たちに魔の手が忍びよる前に、あの食えない男を踏みつけなくてはならない。
 さいわい、職業柄、夜目は効く。決して見えやすいわけではないが、歩けないほどではない。

「王都まで、十日……長い」

 歩きながら空を見あげ、夜空にかがやく月を見つめた。

 考えてみれば、私は今まで長時間ひとりでいたことがない。盗賊団は、いわば大家族。ひとりの時間が欲しくて、わざわざ崖を登ってプライベート空間を作るほどだ。
 それが、最低でも二十日。長引いてしまえばもっとだ。それだけの時間、ひとりになるなんて。

「これもそれも、あの男のせいだ。あのキラキラした髪の毛、引っこぬいてやる」

 悪態をつきながら、地面がむきだしの道をもくもくと歩く。

 王都へ行くのは、これがはじめてだった。
 王都の近くまでなら行ったことがあるが、王都は王族がいるだけあって、警備が厳しい。なにより、王族に目をつけられると厄介なのだ。

 私たちは一般の人に危害を加えたりはしないが、それでも褒められるような生き方はしてきていない。下手をすると、今回みたいにあっさりとおたずね者にされてしまう。

 そもそも、なんで王都ではなく、となり町に王子がいたのか。観光か、気まぐれか、逃げてきたか。
 逃げて来た可能性が一番高い。
 王子だと言うのに、供のひとりもつけずにあんな小汚い階段に座っていたのだ。どう考えてもわけありだ。
 どうやら私は、あの日、相当運がなかったようだ。

 エミリアはぬいぐるみをなくすし、アンドリューたちはいないし、変な男におたずね者にされるし。いったいどれだけ低い確率で王子に出会ってしまったのか、考えるだけで頭痛がしてくる。

 軽く首をふり、私はゆっくりと顔をだしはじめた太陽を見つめ、歩く速度をはやめた。