片想いVSシスコン

 オオノトリ魔術学校。
 才能ある者は貴族庶民関係なく、各地から集められる巨大な魔術学校。俺の通う学校だ。
 その学校に、最近気になるやつができた。

 名は、リンデール・スダチ。
 俺と同じ11歳。初等科五年生だ。
 少し灰がかった、ベージュの肩までの髪に、まるい水晶のように透き通った目。ぱちぱちと瞬く瞳を縁取るまつげは長く、いつもうるおっている大きな目玉は、遠慮なく俺を魅了する。

 リンデール・スダチはこの学校にはめずらしい、ポッと出の庶民。対する俺は、魔術名門一家の出だ。
 はじめはまぐれで入学できたのだと思った。魔術は血縁で受け継がれていくことが多く、庶民に魔術の才能があること自体が稀だ。あったとしても、微々たる力。下の下の、雑用程度にしか使えない者がほとんどだ。
 俺はリンデール・スダチを見下していた。いや、ほとんどの者がそうだったはずだ。

 たったひとりをのぞいて。

 授業の終わりを告げる鐘がなり、俺は立ちあがる。そして、イスに座りながら、教科書を革のリュックにせっせと詰めこんでいるリンデール・スダチの前にたった。
 リンデール・スダチが気づいたように顔をあげ、首をかしげる。ゆれるやわらかな髪に目がいく。
 心臓がバクバクと大地震を起こした。

「シンくん? なあに?」
「あ、ああああのっ」
「ん?」

 言え、言うんだっ!

 グッとこぶしを握って、リンデール・スダチを見る。

「よ、よかったら、きょ、今日……」

 まるいリンデール・スダチの瞳が瞬いて、ゴクリと喉がなる。
 今日こそは、今日こそはっ……!

「い、い、いっしょ、に……」
「よぉ、チビ。なにしてんだ?」

 出かかった声がひっこんだ。
 リンデール・スダチがパッと顔を輝かせ、教室のドアを見る。リンデール・スダチとよく似た髪色に、スラリとした長身の男。不敵な笑みを浮かべて、男、ライディアン・スダチは目の奥を光らせながら俺を見ていた。

「お兄ちゃん!」
「チビ。まだ残ってたのか」
「チビじゃないもん。これから大きくなるんだもん」

 いーっと、学校にいるときとは違う表情を見せるリンデール・スダチに釘づけになる。

「もう成長期は終わっただろ?」
「これだからだもん!」

 リンデール・スダチの文句を受け流して、ニヒルな笑み見せながらライディアン・スダチは歩いてくる。そして、リンデール・スダチの頭の上に肘をおいて、体重をのせる。

「お兄ちゃん、重いよ」
「兄ちゃんはチビと違って大きいから、体が重くて大変なんだよ」
「そうなの? お兄ちゃん太ったんじゃない?」
「ああ? どの口が言うか」
「いひゃいいひゃい、おひーひゃん」

 水あめのようによく伸びるリンデール・スダチのほほを、ライディアン・スダチがぐいぐい引っ張る。見ているほうが痛々しい。

「お、おいっ」

 止めようとすると、ジロリとライディアン・スダチの視線が下、俺に向く。

「あん? ああ、いたのか、ガキ」

 気づいてただろうが。

「最初からいましたけど」
「悪い悪い、小物は視界に入らなくてな」

 カッチーン。
 怒りの炎が足もとから立ちのぼる。ギラギラと闘志を宿して、ライディアン・スダチを睨みつけた。

「なんだ、やるか? 小僧」
「上等だ。この性悪シスコンッ」
「ああ? だれがだ、マセガキ!」
「マセてねーよ!」
「ちょっとちょっと、もう、お兄ちゃん!」

 リンデール・スダチの上靴が、ライディアン・スダチの後頭部に命中した。燃え出した闘志は静かに鎮火していく。

「勝手に教室きて、勝手にケンカするのやめてよね! 大メーワク!」

 大メーワク、が心に突き刺さったのか、ライディアン・スダチはおとなしくこぶしを下ろした。

「シンくん、ごめんね」
「いや……俺も悪かったから」
「あ、それでなんの用だったの?」

 ギクッと肩がはねる。
 すっかり注目を浴びてしまった。視線が四方八方、教室中から突き刺さる。サッと教室を見る。そこにいた全員がサッと視線をそらした。またリンデール・スダチを見ると感じる視線。なまぬるいような、いたたまれない視線。

 だが、ここでひるんでいるようじゃ、先にすすめない。

 ゴクリとツバをのむ。

 目の前のリンデール・スダチが、不思議そうに小首をかしげる。

「今日、いっしょに……か、か、かか」
「……かか?」
「か、かえっ」

 あと少しっ。言えっ。

「一緒にっ、帰らっ」
「オラチビ。とっとと帰るぞ」

 俺よりひとまわりくらい大きな手に、グッと顔を押されて言葉が消える。

 ひくりと頰が引きつった。

「ほら、行くぞチビ」
「えっ、あ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」

 リンデール・スダチのリュックを持ったまま、ライディアン・スダチが歩き出す。そのあとを、小さな体がひょこひょこと追っていく。

「あ、待てっ、リンデール・スダチ!」

 呼ばれたリンデール・スダチはきょとんと目を瞬かせて、ふわりと笑う。

「リンでいいよ!」
「えっ……」
「また明日学校でね!」

 大きく手をふったリンデール・スダチは、そのままバタバタと走り去っていってしまった。

「……」

 去り際の、笑顔。髪がなびいて、大きくてをふる……リンデール・スダチ。

 ……リンでいいよ。リンでいいよ……リンで……。

 グッと、くちびるを噛む。

 ふるえるこぶしを握った。

「いよっしゃあああ!」

 叫び声をあげると、パチパチと拍手が。
 ハッとしてまわりを見渡す。拍手しているヤツや、涙ぐんでいる者。その中の、いつも行動を共にするなじみの男が近づいてきて、ポンと俺の肩に手をおく。

「よかったねぇ、シンくん」

 カッと顔に熱がのぼった。

「リンでいいよっ」
「うるせえ!」
「やーん、シンくん乱暴さん」
「気色悪い声出すな!」

 クネクネと体をよじらせる男、キースは、コホンとひとつ咳をしてスダチ兄妹が消えていったドアを見た。

「それにしても、あいかわらずすごい迫力。スダチさんのお兄さん」
「……」

 スダチ兄妹は、庶民とは思えない強大な魔術の使い手だった。この学校でリンデール・スダチ……リンの実力をわかっていたのは、あの男、ライディアン・スダチだけだった。
 そして入学したてのころ、卑しい目で見られるリンを守っていたのも、あの男だ。

 だから一筋縄でいかないことなんてわかっている。障害はあいつ以外にも山ほどある。
 
「シンくんっ、がんばれっ!」
「だからおまえは気持ち悪い」

 はぁっとため息をついて、自分の机に戻る。カバンを手にすると、なじみの男が数人ついてきた。

「シンくーん、どこ行く?」
「帰る」
「ねえねえ、シーンっ。スダっちと行くはずだったところいこーよっ!」
「おい、リンのこと変なあだ名で呼な」
「きゃーっ、ちょっと聞いたぁ? シンくんってば、さっそくスダチさんのこと呼び捨てにしてぇ」
「あーっ、もうおまえらうるせえ!」

 ぞろぞろとそろって校門をでる。
 本当なら、今ごろリンと……。
 深いため息を吐きだすと、となりのキースがニヤリと笑った。

「シンくんが想いを告げられる日は来るのかねぇ」
「……それは言うな」

 あのシスコンがいるかぎり、壁は高く高く、果てしない。