4私にできること

 どうして忘れていたんだ。あんな重要なこと。

 私が泣いて泣いて、前世のかわゆい弟に蔑まれる原因にもなったというのに。

 今は何月何日だ?
 あの戦いは、起きた?

 いや、おそらく起きてはいないはず。
 だって、私が記憶を思い出したときのホログラム映像。映し出されていた名は、『渡り鳥』、風碧(かざみどり)ルイスとなっていた。ルイスはまだ、渡り鳥なのだ。
 たしかめなければならない。

 部屋を飛び出し、父上の部屋を目指して水中を蹴る。家が広いと、こういうとき不便だ。
 
「お父上さま!」

 バン! と、乱暴に父上の部屋の扉をあけ放つ。広すぎる部屋を、右、左と見るけれど、あのでっぷりとした腹がない。どこだ、どこへ行ったっ!

「お父上さま! どこメタ!」

 一刻を争うというのに!
 確認しなくては。この間のホログラム映像。あれが、本当に渡り鳥、シルバーボーテンのルイスだったのか。夢ではないのか。

 父上の姿を探して広大な部屋を歩き回って、そして気づく。書斎だ! 父上の仕事部屋らしきなぞの部屋! そこならきっと、この間の手配金額増額の報告書があるはず。
 私は父上の部屋から続く扉、そこに手をかけた。鼻息荒くあけ放つと、小さな波が生まれ、部屋の正面にあった紙をふわりとゆらした。
 か、カレンダー! 正確な日付が、日にちがわかる!
 トンッと、床を蹴ってひとっ飛び。厚い紙をじぃっと見つめた。

 海雲暦、2011年。

 海雲暦、2011年……ぐぁ、しまった! あの悲劇が起きるのが何年なのか、さっぱりわからない! ああ、もう。こんなことなら死ぬほど読みこんで暗記しておくんだった。悲しみに包まれてかわいく泣いている場合じゃなかった! まさかこんなところで役に立つなんて、予想外!

 悔しさに拳を震わせながら、目玉をぐるりと動かして、父上のデスクを見る。
 そうだ。私はこの場所で、あの映像を見たんだ。
 ひまだからと、でっぷり父上で遊んでいたときに、突如やってきた、スカイワールドからの連絡。世界治安維持部隊として、世界各地で起こる異変や犯罪を取り締まっている組織。

 渡り鳥の、明確な敵。

 敵といっても、渡り鳥は自由に世界をまわるのが目的だから、一方的にスカイワールドが睨んでいるだけなんだけれど。まあ、陸の横断はこの世界では犯罪だから、しかたないと言えばしかたがない。

 私は父上のデスクを適当に漁る。ふむ、まあまあキレイに片づけているようだ。でも私が片づけたわけじゃないから、なにがどこにあるのかわかりにくい。
 どこだ。どこにある。
 おとといのルイスの報告書。

 紙をどかし、本を床に捨て、引き出しを片っ端からあけていく。ない、ない、ないっ!
 なぜないっ?! どこに隠したっ? それともまさか、夢、だったのか?

「この私に用を押しつけるなんて、スカイワールドはなんて無能なんだクワ」

 ガチャリ、扉がひらいた。
 瞬間、時が止まる。

「な、なんだクワ?! なにが起きたんだクワっ?!」

 ようやく帰ってきたか。まったく、どこに行っていたんだ。

「おかえりなさいまし。お父上さま」

 散らばった本の隙間から顔をだす。父上の目玉が飛び出ていた。

「リ、リィル? なにしてるんだクワ?」
「ちょっと探しものをしてたメタ」
「そうだったクワ。それで、なにを探してるんだクワ?」

 父上は大きな腹をゆさゆさとゆらしながら近づいてきた。

「おとといの……」
「おととい? リィルが倒れた日クワ?」
「そうメタ。私が倒れる前に見ていた映像、また渡り鳥の手配額があがったってやつメタ」
「ああ。忌々しい渡り鳥クワ」

 父上は肉厚な顔をゆがめた。おっと、父上のイライラ話に付き合っているヒマじゃない。これは一刻を争うのだ。

「それで、今度はどなたの金額があがったメタ?」
「気になるクワ?」

 うぐ、怪しまれている? たしかに今まで渡り鳥のことなんて気にしたことなんてなかった。だが今は違う! 私は記憶を取り戻し、完全体となったのだ!

「記憶がおぼろげなのが気持ち悪いメタ。私は海の一族。なんでも知りたいメタ」

 父上の選民思想をくすぐった。父上はそうかそうかとうなずき、懐から一枚の紙を取りだした。そして、私の小さな手にその紙を握らせる。

「ついさっき、報告書が届いたクワ」

 うぉ、そうだったのか。ずいぶんと手間がかかったんだな。えーと、なになに? 風碧(かざみどり)ルイス。手配金、三億六千万シェル?
 三億六千万?! なんという金額だ! この世界の物価と、私の前世、日本の物価は同じくらい。つまり、ルイスひとりの首に、ひとりの人が生涯稼ぐ賃金以上の金がかかってるってことか?!
 ぐぁー、なんて世の中だ! なんて金の無駄遣い! そもそも、ルイスは悪いことなんてほとんどしていないはずだ! シルバーボーテンはいい渡り鳥だと、漫画に記されていた!

「ず、ずいぶんと高額メタね」
「シルバーボーテンは厄介だクワ。やつらを支持する者までいるクワ。悪い芽は、早めに潰すにかぎるクワ」

 悪い芽、か。
 本当に悪い芽なのは、どっちなんだか。

 ザッと資料に目を通して、あることに気づく。

 ルイスの年齢、15歳。
 んん? 若くないか?

 たしか、漫画のルイスは20を超えていたはずだ。主人公カルトよりも長く旅をしている先輩渡り鳥。カルトはドンたちにに出会って渡り鳥を夢見る。

 つまり。

 物語はまだ、はじまっていない。

 手がふるえた。興奮で、ドキドキと脈が速くなる。

 私は、変えられるだろうか。

 あの結末を。
 漫画で見た、悲しい未来を。

 紙で見たあの背中。
 さみしそうに空を見あげる、あの背中。

 夢も希望も、すべてが消えてしまうあんな未来、だれも知る必要なんてない。

 いつだって思っていた。
 もしも、もしも違う未来があったなら、ルイスは笑っていたのだろうかと。

『マンガの登場人物だろ?』

 そう、たかが漫画。
 だけど、私にとっては。
 生きる糧となる、大切な、大切な──

 まぎれもなく、ひとりの『人』。

 ルイスが笑える未来が、選択肢にあるのなら。

 私は、持てる力のすべてを使って、物語を、書き換える。