3思い出した記憶

 すべてに絶望した瞬間、私の目は覚めた。

 どうやら、熱をだしてうなされていたらしい。
 まあ、幼い体にあれだけ膨大な量の記憶が流れこんでくれば、熱のひとつやふたつも出るだろう。

 あれはきっと、前世と呼ばれるものに違いない。なんだか不思議な感じだ。記憶がふたつあるというのは。
 リィル・クラッドとして生きてきた記憶もあるし、前世の記憶もある。

 ん? でも、あれ……私って、なんで死んだんだっけ?

「うぅむ、思い出せないメタ〜」

 なんで死んだんだ。というより、ドリームバードが完結した記憶もない! まさか、まさかっ、ドリームバードが完結する前に死んだ!?
 そんなぁ……最後まで見たかったのに。
 でも最後の結末なら、なんとなく予想できる。そう、主人公カルトが、海の一族を倒すのだ。勇者が魔王を倒すように、正義が悪を滅ぼすのはマンガではよくあること!
 なにせ海の一族は残忍で選民主義。擁護のしようがない。

 しかたがないとわかってはいても、私は嫌だ! 死にたくない!
 サクッと死ねるならまだしも、万が一、万が一「楽に死ねると思うなよ?」なんてことになって、一枚一枚爪をはがされたりしたら……ひぃぃ、それは嫌だ! 拒否する! 私は断固拒否するぞ! 自分を抱きしめて布団の中でまるまる。

 どうしよう、どうしよう。どうすれば生き延びられる?! せっかくならこの世界を満喫したいし、できることなら痛い思いなんてしたくない! それが、当たり前の欲望だ! 私は自分の欲に忠実に生きるのだ。
 必死に記憶を思い出す。頭の中にある膨大な記憶の中から、なんとかドリバのことを引っ張り出す。

 そもそも、私は本当にリィル・クラッドなのだろうか。頭がおかしくなったとか……。
 体を起こし、部屋を見まわして、数秒。私は察した。間違いない、ここは私の記憶のリィル・クラッドの部屋。畳100畳はありそうな広さに、ベッドにはどこぞのお姫さまみたいな天蓋ッ! 天蓋付きベッドって憧れだったんだよね。かわいいよね。まるでプリンセスになった気分。
 念のためほっぺたをつまんでみた。痛かったから夢でもないらしい。

 ひとまず広すぎるベッドの上を這って移動し、ぺたりと裸足の足を冷たい床につける。
 目の前を、小さな黄金の魚が横切った。
 げげ、この魚は! 記憶を思い出す前の私が、買って買って〜とわがままを言って、南の黄金魚を無理矢理持ってこさせたんだ。
 
 間違いない、魚がいるってことは、ここは海の中。私の記憶は間違ってなどいない。
 そして、私の記憶が正しいってことはっ!
 今までの私はとっても横暴なワガママ娘! まさに金持ちの箱入りプリンセス!

 ゴクリと唾をのむ。

 まずい、まずいぞ。このままだと、私はきっと、主人公、カルト・ジークエンスに討ち滅ぼされる!

 いいや、まだわからない。私の記憶すべてが正しいのか、確認しなくては。私は部屋にある、巨大な鏡に視線を向ける。
 いざ、行かん!
 地を蹴って、ひとっ飛び。大きな鏡の前に立つ。心臓を落ちつかせて、そぅっと、視線をあげた。

 ダークブロンドに、透き通るような紫の瞳。
 見覚えのある顔……というか、この9年毎日見てきた私の顔だ。ということは、やっぱり私の記憶は正しい?! 私は海の一族に生まれてしまったのか?!

 海の一族ならば、欲しいものはすべて手に入る。お金は腐るほどあるし、食べるものも飲むものも、オシャレだってし放題。でも、私は思い出してしまったのだ。

 この世界には、主人公と呼ばれる男がいると!

 うぁああ、私は痛いのは嫌いだ! 打たれるのも撃たれるのも斬られるのも、燃やされるのも嫌だ! 私はこんなにか弱いのだ。
 生まれてまた死ぬなんて、あんまりだ!

 ふと、鏡の中の自分の顔を見て、真顔。
 私の顔は……顔は……いいのだろうか。せっかくなら美少女として、女を売りにして主人公を懐柔するのもありだ。私の命は保証される。
 ぺたりと手を鏡につけ、グッと顔を寄せる。上、下、ななめ右、左ななめ下。最後にビシッと指を顎にあて、鏡に向かって決めポーズ。
 うーむ。それなりの顔をしているような気もするけれど、この顔を見つめて9年。感覚なんて狂ってしまっている。
 前世の私の感覚からすると、白人っぽい顔立ちをしてると思うけれども、そんなこと言ったらこの世界の人はみんなそんな感じだ。この世界の基準で、私は美少女か否か。考えてみれば私はあんまり外に行かないし、基準がさっぱりわからない。

「どうせなら美人に生まれたかったメタねぇ」

 くるくると指先を長い髪に絡めて、ハッとする。私は、今、なんと?

 無意識にあの言葉を……例のあの言葉を、使った気がする。
 そう、女の海の一族だけが使うという、『メタ』という、あの言葉を!

「いやぁあああ!」

 もうダメだ! 切腹するしかない! こんな仕打ちあんまりだ! 私がなにをしたというのだ。

「リィル! どうしたクワッ!?」

 ひぃいい、クワ? クワだと?! なんだその変な語尾はっ! だれだそんな変な言葉を使うのは! 私はおそるおそる指のすきまから扉を見た。ぐぁ、私の父親だ! 今世の私の父だ! 食べすぎでお腹がぽっちゃりしている、残念な父上だ!

「リィル! リィル、しっかりするクワッ!」

 やめてくれ、アヒルみたいだ!

「お父上さま、私は大丈夫メタ」

 ああ、恥ずかしい! メタを使って話さなければいけないなんて。そして私は、今までそれを普通に使っていたなんて!
 過去の私は、マンガにそれが出てきたとき、馬鹿にして笑っていたというのに、いうのにっ!

 ああ、どうして私は海の一族なんだ……。

 私の心配をしてきてくれたらしい父上を追い出したあと、私は考えた。どうすれば生き延びられるのか。どうすればルイスに会えるのか。下心なんてモリモリだ。下心がなければやっていけない!

 そして考えて考えて、私は眠っていた大切な記憶を思い出す。

 かつて羽ばたいた空を、寂しそうに見あげる背中。

 憧れのルイスのいる、シルバーボーテン一派の崩壊。

 それを、思い出してしまったのだ。