2すべては始まった

 その日、私の世界は崩壊した。

 ピシャーンッ!と私の頭の上に雷が落ちたような衝撃が全身を貫く。本当にしびれているような気さえして、体がぶるぶると震えた。

 目の前には、ボゥっと浮かびあがるホログラム映像。ただのホログラムだ。

 だけど、私の世界を一変させるには十分すぎる映像だった。

『渡り鳥、風碧(かざみどり)ルイス、追加手配』

 どこで撮られた映像なのか、崩れた建物を背後に、こちらを見つめる彫刻。いいや、彫刻に見えてしまうほど恐ろしく整った顔立ち。
 犯罪者だなんて思えないような、優雅な立ち姿。かすかに風になびいているように見える、混じり気のない金の髪は美しく、澄み渡る空のような青い目は、まぶしそうに細められている。
 そして、チラリとのぞくひたいには、碧(みどり)の、石。

 私はこの日、すべてを思い出した。

 私はこの世界を『知っている』。

 ココは、私が愛してやまなかった『ドリームバード』というマンガの世界だった──

 フーッと意識が遠退き、私は失神した。

「大変よ、あなた! リィルちゃんが、リィルちゃんがっ! 倒れたメタ〜!」

 そう、なにを隠そう、私は忌まわしき海の一族に生まれてしまっていたのだから。

 かつて私には、愛してやまない愛読書があった。
 頭がよくなる参考書とか、すぐ人気者になれる自己啓発本なんかではない。大人から子どもまで、全世界の人間が愛する本、そうっ、マンガだ!
 国内にとどまらず、世界にまで進出するマンガの中でもひときわ飛びぬけていた、ドリームバード。通称、ドリバ。

 まだ幼さの残る少年、カルト・ジークエンスが、天空船(てんくうせん)という、その名の通り空飛ぶ船に乗って、火の島木の島水の島、砂漠やあめ玉、巨人にドラゴン!
 摩訶不思議な世界を渡り行く、夢と希望あふれるバトルファンタジー!
 空を飛ぶ者たちは、通称、渡り鳥といわれる。

 夢を見る渡り鳥たちの物語、それがドリバ!

 そして私は、主人公たちが好きだった。大好きだった! 発売日を生きがいにするくらいには好きだった!
 とくに、裏世界のドンと呼ばれるオリガー・ボーテンを頭領とする、シルバーボーテンという組織。その中の、風碧(かざみどり)ルイスが好きだったのだ。

 ルイスは風の使い手で、風碧という二つ名は、風見鶏とかけてるんじゃないかと、ファンの中ではもっぱらの噂だった。

 まあ私の愛するこのルイスだが、とにかくかっこいい!
 ドンの天空船の中でも一二を争うやり手。天を切り裂き、地を切り裂き、人も切り裂く、まさに切り裂きジャック! ドンであるオリガーに逆らう者は容赦しない、冷血のルイス!
 だけど仲間には優しく、なんだかんだ情に流されやすいし、ツッコミもボケもできるという万能性! 仲間たちと、辛すぎるという火吹きドリンク一気飲み大会とかやってしまう、お茶目な一面もあるのだ。はぁ、今思い出してもかっこいい!

 そしてそして!
 私は、おそらく、おそらくだが、その愛すべきマンガ、ドリームバードの中にいる。
 いるって言うのはおかしいのかもしれない。でもいるとしか言いようがない。いや、生まれたと言ったほうがいいのかも。

 今世の私の名、この記憶が正しければ、リィル・クラッド。

 なんの変哲もない、ごくごく一般的な幼女! と言えたら、どれだけいいだろうか。

 私の今までの人生。

 海の中。

 そう、海の中で私は暮らしていた。

 そして、海を渡るなという法律をつくり、世界を牛耳っている、主人公の敵になるだろう一族。

 海の御三家。世界の王。

 それが、私の生まれたクラッド家、海の一族!

 マンガの海の一族の印象は最悪だ。
 私も嫌いだったもんなぁ。

 海の一族は、この世の海すべてを自分のものとし、陸の人たちの生活を制限する支配者として登場した。

 世界はすべて自分たちのもの。おまえのものはおれのもの。なーんて、どこかのジャイアントマンみたいなことを平然とする、いわば世界の毒だ!
 魚や貝、海で取れるものは分け与えず、陸のものはすべてぶんどっていき、海を通るのには許可証を要求した。
 当然、通行証を発行しているのは海の一族だ。作るのには莫大な金と地位がいる。
 一般人が通行証を手にするなんて、天地がひっくり返ってもありえないのだ。

 そして、主人公たちが犯罪者呼ばわりされてしまうのも、すべてこの世界の毒が原因!

 前世の私は、キーッ、なんでこんな奴らの言うこと聞くの?! なんて、涙ながらにハンカチを噛みちぎっていたわけだけど、まさか、まさか、まさか!
 私がその世界の毒として生まれるなんて……。

 せっかくの憧れの世界だというのに、どうして私は海の一族? なぜ渡り鳥ではないっ。こういうのって普通、憧れのルイスの近くに生まれるものじゃないの?
 時を超えたり、世界を超えたりするよくあるマンガだと、ヒロインとヒーローは巡り会う運命。第一話から、はじめまして! キュンッ! をするんじゃないの?!

 私は主人公ではないとっ?!

 ああ、世界は、残酷なり。