第26話

「うわぁ! うそ、うそ! ここっ!?」

 私は興奮しながらそうルーカスに問いかけた。

「はい。ここが、グランシード王国の王都、シュミラークです」

 あれから、さらに一日ラクダにのり、私はついにグランシード王国の王都へとやってきていた。

 グランシード王国は砂漠の国だ。
 王都に来るまでに点々とオアシスがあったが、ほとんどが砂漠だった。なのに、ここ、グランシード王国の王都シュミラークは、なぜか水であふれていた。
 真っ白の宮殿が遠くからも確認できる。町のいたるところに水路があり、壺の形をした飾りのようなものから、ドバドバと水路に水が注ぎ込まれていた。

「どういうこと!?」

 ひょいとラクダから飛びおりながら、町を見まわす。これじゃあ、砂漠の国というより、水の国だ。なにがどうなっているのか、不思議でしかたがない。

「グランシード王国は少々変わっておりまして」

 ルーカスもラクダからおり、労わるようにラクダの背中をなでていた。

「各地にオアシスが数多くあるのですが、そのオアシスがどうも一ヶ所に集まるようなのです」
「どういうこと?」
「つまり、各地の水の終着点、そこに、この王都を作ったのですよ」

 ルーカスはほほ笑んで真っ白の大きな宮殿を見つめた。

 つまり、どういうことだろうか。
 説明が雑すぎてさっぱりわからない。説明するのめんどくさがっていないだろうか。
 うろんな目でルーカスを見つめたが、いつものようにほほ笑まれただけだった。

 各地の終着点……。
 各地にオアシスがあったのは、アジトからここまで来るまでのあいだに私も見た。
 グランシード王国は、水のまわりに村や町を作るようで、オアシスがあるところには村があるという感じだ。そして、そのオアシスというのは、基本的には湖となっていた。大きな水たまりのような感じだろうか。
 その水が、なぜか一ヶ所に集まるということ? そんな不思議なことがあるのだろうか。

 首をひねりつつも、湿った空気に心も体も洗われていく。やっぱり私は、カラカラの砂より水がいい。
 大きく伸びをし、パッとルーカスを振りかえる。

「それじゃあ、さっそく探検! 別行動ね!」
「……はい?」

 惚けた顔をしたルーカスにニヤリと笑って、一気に地をける。ルーカスが手を伸ばしてきたけれど、それをひょいとかわした。

「待ちなさい! ローゼリッタ!」
「じゃあねー! 夜にでも宮殿で落ちあおう!」

 大きく手をふって、反動をつけて屋根に飛びのった。グランシード王国の屋根は丸い形が多く、すこし歩きにくい。だけど、これならばよけいにルーカスは追ってこれないだろう。
 なにより、ルーカスにはラクダがいるから、屋根の上にいる私を追うのは無理だ。

 私は屋根の上を駆けぬけ、ある程度距離をとって地面におりる。

「ふぅー、脱出成功」

 ルーカスがいないかを確認する。

 黄金の髪も、燃える瞳もない。

 ルーカスといると、目立って目立ってしかたがない。ルーカスはグランシード王国内でもファイミリア王国の王子と知られていた。
 やはり、あの目だ。
 赤い瞳のせいで、王子だと筒抜けなのだ。おかげで私まで注目を浴びて、動きにくいったらない。

 さらには、ルーカスは突然盗賊団に押しかけてきてから、毎日どこへ行くにもくっついてきて鬱陶しい。まるでひっつき虫だ。それはなんですか、これはなんですかと、変に好奇心旺盛なのか、いちいち聞いてきてめんどうなのだ。
 ルーカスが来てから、何度崖を登ったか。プライベート空間は、とても大切である。

 久しぶりに羽が伸ばせると、大きく息を吸いこんで、私は賑わっている町へと足を踏みだした。

「うわぁっ! ちょっとちょっと、おじさん!」
「なんだい? おじょうさん」
「これっ、これなに!?」

 私は目のまえにあった、星型の粒を指さした。

「ああ、それは星砂糖さ」
「星砂糖?」
「ああ。このグランシード王国は、砂漠に囲まれているだろう?」

 おじさんはそう言いながら、その星砂糖がはいっている瓶を持ちあげた。七色の星の形をした粒。すこし透き通っているようにも見える。私はその星砂糖にぐっと顔を近づけた。

「おじょうさんはグランシード王国の砂漠、よく見たかい?」
「砂漠? ううん、よく見てない。私、暑いの苦手なの」

 言いながら肩をすくめる。

「おや、そうかい。そりゃあ難儀だ。お水飲むかい?」
「いいの? ありがとう!」

 差し出された水筒を遠慮なく受けとった。
 ちょうど喉渇いてたんだよね。ルーカスと別れるまえに水飲むの忘れてた。

「それでこの国の砂漠なんだが、砂をよくみると星の形をしているんだよ」
「え!?」

 おどろいて水がこぼれそうになった。
 あわててフタをして、おじさんに水筒を返す。

「びっくりだろう? この星砂糖はこの国の砂にちなんで、砂糖を星型にしたのさ」
「へぇ、そうなんだ!」

 砂漠が星の形をしているなんて、なんだかロマンチックだ。暑い暑い言ってないでもっとよく見ればよかった。ルーカスも教えてくれればいいものを。

「で、おじょうさん」

 瓶を片手に持ったおじさんが、ずいっと顔を近づけてくる。

「星砂糖、買っていくかい?」
「それってつまり、お砂糖ってこと?」
「ああ、そうだ。だがこの国でしか買えない珍しい砂糖だよ」

 砂糖か……。なにかに使えるだろうか。
 すこしだけ悩む。

「おじょうさんかわいいから、オマケもしてあげよう」
「ほんと!? いくら?」
「本当なら五百ラットのところ、四百五十ラットでどうだい?」
「えー、そうだなあ。四百ラット! それなら買う」
「四百四十」
「四百十!」

 じりじりと見つめあう。ここで目をそらしたら負けだ。値切りはドーンと行くのが成功のもとである。

「カーッ! まいった! その綺麗な青い瞳に免じて、四百十ラットだ!」
「やった! 買い!」

 パチンと指を鳴らしたところで、ふいに肩手がおかれた。

「ローゼ。あなたはなにをしているのです?」

 ギクッと肩がゆれる。心なしかいつもよりも手に力がはいっているような。つかまれている肩が、痛い。
 私は壊れたブリキのようにふり返った。

「る、ルーカス」

 そこには、いつもよりもずっと笑みを深くしたルーカスがいた。笑っているのに笑っていない。なぜだかとても威圧感のある笑みだ。

「買い物がしたいなら、そう言えばいいでしょう」

 ギリッと肩にのせられている手に力がこもる。
 まずい。これはもしや……怒っている!?

「いやぁ、えーと。そ、そう! こういうところ来ると冒険したくなっちゃうんだよね! 知らないところってワクワクするでしょ!? だから、ね。あは、あはは……」

 語尾が頼りなく消えていった。ルーカスの笑顔がさらに恐ろしく見えたからだ。

「ほぉ、そうですか。楽しかったようでなによりです。私はあなたを探してとても疲れましたが」
「う、だから王宮で落ち合おうって言ったのに」
「ローゼリッタ」

 いつもよりも低い声に背筋が伸びた。

「あまり心配をかけさせないでください。ここは他国なのですよ。なにかあったとき、ファイミリアのようには行かないのです」
「ご、ごめん」

 ガックリと肩を落とすと、ルーカスは深いため息をついて困ったように笑った。

「まったく。あなたには振り回されてばかりです。それで、なにをしていたのです?」

 その言葉で値切っていた最中だったことを思いだして、手を叩いてふりかえる。

「あっ、そうそう! いまね、この星砂糖っていうの買ったところ! あっ、そうだおじさん。お代! はい、四百十ラットね」

 私は懐から四百十ラットぴったり取りだして、口をあけて固まっているおじさんの手の上に無理やりのせる。

「ルーカス、星砂糖って知ってた?」
「ええ。シュミラークの名物ですから」
「そうなんだ。私見たのはじめて。星の形してるなんて、なんだかロマンチック」

 たくさん並んでいる瓶を眺め、どれにしようか考える。やっぱり青が多いのにしようか。自分の髪と目の色だし、ゲン担ぎというやつだ。

「おじさん! これもらうね!」

 青い星砂糖がたくさん入っている瓶を持ちあげて、そう声をかけた。だけど、おじさんは反応しない。なんなんだと顔を見つめると、おじさんはルーカスを凝視して固まっていた。

 それを見て、あちゃーと天を仰ぐ。
 どうやら、ルーカスの赤い瞳はここでも有名だったようだ。

「お、おじょ、おじょっ」
「あ、私ローゼリッタね」
「ローゼリッタちゃん、こ、この方!」

 おじさんは震える手でルーカスを指さした。

「うん。想像通りだと思うよ。だけどヒミツね! もうすこし町のなか見てまわりたいから」

 ルーカスとおじさんの間に割って入って、しーっと人差し指を立てて唇につける。

「こーんなに素敵な国なのに、見てまわれないの悲しいでしょ? だから、ね? お願い」

 ジッと見つめると、おじさんはうっすら頬を染めてうなずいた。それを見てパッと離れる。

「ありがとう! それじゃあまたね。この星砂糖なくなったらまた来る!」

 ひらりと手をふって、ルーカスの手をつかんで素早くその場をあとにした。

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