第24話

 アンドリューたちのもとへもどった私は、お城でのことが夢だったみたいに普段どおりの生活を送っていた。

 約ひと月、ルーカスとは会っていない。

 その間、私はたくさん考えた。ルーカスに対するこの気持ちをなんと呼ぶのか、その答えをはっきりと出せるくらいには考えた。

 ルーカスは国のためにつくす王子様だが、私は盗賊だ。

 欲しいものは奪う。それが盗賊だ。

 さすがにルーカスを国民から奪うというのは大事すぎるが、胸にくすぶっている想いをすべて吐きだすくらいなら、してもいいはずだ。

 私はひっそりと、ふたたび王都へ向かう準備をすすめていた。
 荷造りも終わり、あとはアンドリューに切り出すのみとなったころ、青白い顔をしたアンドリューが洞窟の中の広間へ駆けこんできた。

 私を含め、その場でくつろいでいた者たちは、なにごとかと顔を見合わせた。アンドリューがこんな顔をしているの、見たことなかったからだ。

「アンドリュー? どうし」
「ローゼリッタ!」

 すべてを言い切る前に、アンドリューが私の肩をつかんだ。力の加減ができていないのか、指がくいこんでいる。

「ちょ、痛いって!」
「おまえっ」
「ローゼ?」

 今度はアンドリューの声にかぶせるように、甘い声が響いた。

 その声を聞いただけで、誰なのかわかってしまった私は、相当な愚か者だろう。

「……ルーカス?」

 入り口の方向から歩いてきたフードをかぶった人。私の前で歩みを止めると、流れるような動きでフードを取る。
 さらりとゆれる黄金の髪をサイドでゆるく束ね、おだやかな表情と相反する、意志の強そうな赤い瞳をまたたかせる。

「どうして……」

 口からあふれてしまった声に、ルーカスが反応し、ゆるく首をかしげる。

「あなたが言ったのですよ」
「え、な、なにを?」

 ほほ笑んだルーカスは、アンドリューを片手で押しのけ、私との距離をつめてくる。

 ただ事ではない威圧感を感じ、反射的に足をうしろに引いた。

「おや、覚えていませんか? あなたと出会った次の日、あなたは言いました。どれだけ裕福な暮らしができたとしても、本当に大切なものがそばにないなら、なにも意味がないと」

 目を剥いてルーカスを見つめる。

 たしかに私はそう言った。あのときは、ルーカスがあまりにも傍若無人な振る舞いをするから、腹がたってそう怒鳴り散らした。
 今考えると、穴に埋まりたいくらい恥ずかしい。

「あなたが私の頬をはたいたときに言ったその言葉の意味を、私はずっと考えていました」
「え、ずっと?」

 まさかそんなに根にもっていたのだろうか。

 ひくりと頬を引きつらせていると、ルーカスは私の髪に手を伸ばし、指先にくるりと青い髪を巻きつける。ルーカスのクセだ。

「あなたがいなくなり、ようやくわかったのです」

 グッとルーカスの声が低くなった。
 髪を引かれた気がして、反射的に上を向く。すぐ目のまえに、燃えるような赤があった。

「ローゼリッタ。あなたがいない場所に、意味などないのです」

 心臓が大きく跳ねあがる。そのまま飛び出してきそうなほど、うるさく胸をノックをしだした。

「私は話がしたいと、そう言ったはずでしたが、あなたは翌日、姿を消していた。そのときの私の気持ち、わかりますか?」
「えっと、ごめん……わからない」
「絶望ですよ」

 ルーカスの赤い瞳が、獣のように細くなった。

「あなたは、私に楽しさと愛おしさを植えつけ、そして、最後に絶望を残して消えてしまった」
「…………」
「ほんとうに、ひどい人です。ローゼリッタ」

 ルーカスはそう言って苦笑いをし、私の髪に口づけを落とした。

 なにか言わなくてはいけないとわかった。

「私……」

 なにを口にするか迷って、一歩ルーカスに近づいた。

「ルーカスに言いたいことあった」
「はい」
「だから、王都に行こうとしてた」

 伝えたいことがあるならば、口にしなければ伝わらない。私はルーカスから逃げてきたわけだけど、こうやってまた会えたのなら、私はしっかりと伝えなくてはならない。
 真っ直ぐに、ルーカスの赤い瞳を見つめた。

「あのね、私、ルーカスのこと、好きかもしれない」

 一世一代の告白だった。
 なのに、ルーカスからは不満そうな声が発せられる。

「なんです? そのあいまいな答えは」
「えっ」

 驚いて見あげると、ルーカスは口を尖らせ拗ねたような顔をしていた。すこしかわいく見えたのは、目の錯覚だろう。

「私はあなたに会いたくて、ここまで来たというのに」
「あ、そういえばよくわかったね、ここ」
「コンセッタの近くというのはわかっていましたので、青い髪の目撃情報をたどりました。ただ者ではないのはわかっていましたが、まさか、盗賊だったとは……驚きました」

 言われてみれば、ルーカスは私が盗賊なのを知らなかったはずだ。盗賊はお国とは縁遠いところにあり、処罰の対象とも言える。
 とんでもないピンチかもしれないとドキドキし、そこでようやくあたりを見まわした。

 家族たちは、口をあんぐりと大きくあけたまま、固まって私たちを見つめていた。それを認識した瞬間、あふれんばかりの羞恥心が体を包みこむ。

「ちょ、ルーカス! いったん、えっと、私の部屋! 私の部屋行こう!」
「ローゼ、大切な話の腰を折るのは感心しませんよ」
「いや、だって」
「ローゼ」

 ルーカスの顔が近づき、動揺して動けなくなる。コツンと額が合わさった。

「大切なことです。聞いてくれますか?」
「う、うん。なに?」
「私を、この盗賊団の一員にしてくれませんか?」
「……え?」

 何度もまばたきをくり返す。

 しばらく時間を有して意味をかみ砕き、驚きでのけ反った。

「ええ!? いやいや、それは無理!」
「なぜです?」
「なぜって、ルーカス、王子様! しかも王位継承権持ちの!」
「問題ありませんよ。私は、第二王子です。国には兄上がおります。普通の国家では、第一王子が王位継承権を持つものでしょう?」
「いや、そうだけど……って、ダメ! とにかくダメ! お城に帰って!」

 なにを言い出すんだこの男は。

 吹きだした冷や汗をぬぐい、ルーカスの胸を強く押しかえす。

「では、私とローゼのつながりを、絶たないでくれますか?」
「つながり?」
「はい。とりあえず、捜索隊が来るまで、ここにいさせてください。ローゼの家族を見てみたいのです」
「いや、でも」

 捜索隊なんかが来たら、それこそ迷惑以外のなにものでもない。

「ああ、ローゼは盗賊だったのですねぇ。国に逆らう者は焼きはらう必要が……」
「どうぞお好きなだけいてください!」

 ルーカスの言葉をさえぎって声をかける。
 ルーカスはうれしそうにほほ笑んだ。

 なんてはた迷惑な王子だ。邪道だ。人をふりまわす天才だ。
 だが、追いかけてきてくれたことを喜んでいる私が、一番恐ろしい。

「ああ、それと。ローゼの力はまだまだ不足しているのか、グランシード王国全土まで雨は降っておりませんでした」
「え?」
「そういうわけですので、グランシード王国へ参りましょう。砂ばかりですが、なかなか楽しいですよ」
「なにそれ。もう、そのために来たんでしょ」

 食えない男だとため息を吐きだしていると、ふとルーカスと視線がからむ。

「ローゼリッタ、愛していますよ」

 意表を突かれ、うれしさに自然と笑顔がこぼれる。

「私も、ルーカスが好きだよ」

 そう答えたら、ルーカスはとろけるような満面の笑みを浮かべた。

 この笑顔に、私は魅せられてしまったのだ。

 なにを考えているのかわからないほほ笑みではない、本心からの笑顔だと、そう確証を持って言える笑顔。見るものすべてを惹きつける、太陽のような輝き。

 見惚れていると、顔の前に影がかぶさった。
 唇に触れるやわらかな感触で、我にかえる。大勢の家族の前で、堂々と唇を重ねられたことで頭が沸騰し、わけもわからずルーカスの頬をはたく。

「ローゼ、暴力は感心しませんよ」
「な、なっ、だって!」
「キスくらいで動揺しないでください。それよりローゼ、家の中を案内してくれますか?」
「え? あ、う、うん! わかった!」

 差し出された大きな手に、ゆっくりと自分の手を重ねた。

 その瞬間、家族たちの囃し立てる声や、指笛が爆発する。

 恥ずかしさに包まれながらも、幸せといえる刻をかみしめ、私はそっと、ルーカスの赤い瞳を見つめたのだった。