第23話

 お城へもどると、マリーが涙を浮かべながら出むかえてくれた。

 長旅で疲れた体を湯船でほぐし、早々に寝床につこうとした。自室の扉をあけると、なぜかルーカスがいた。

「ローゼ。お話ししたいことがあります」

 心臓が跳ねあがる。

「ごめん、明日でもいい? 今日は疲れてるから」
「そうですか。わかりました。ではまた明日、あらためてうかがいます。おやすみなさい、ローゼ」
「うん。おやすみ、ルーカス」

 ルーカスは一度だけ私の髪を梳き、静かに部屋を出ていった。
 マリーにも早々に休んでもらい、私はベッドに横になる。そして、夜中まで仮眠をとり、暗闇の中、ひとり起きあがる。
 ここに来たときに持っていた数少ない荷物を持ち、私は夜にまぎれて城をぬけだした。

 バルコニーから地面に降り立ち、一目散に逃走する。町の中を走り、人目につかないところでフック付きのロープを高い壁に向かって投げ、よじ登る。

 こんな風に抜けださなくてもよかったと、わかっていた。
 だけど、きっとルーカスやマリーの顔を見たら、寂しさがこみあげてきてしまうから。
 私はただ、置き手紙を残した。

 ルーカスも、マリーも、とても好きだ。

 それでも、私はアンドリューたちに会いたいから。きっと心配しているだろうみんなを、早く安心させてあげたい。

「さようなら」

 つぶやいた声は、夜の闇の中、静かに消えていった。

 私はアジトへ続く道を十日間歩きつづけ、ようやく目的の場所へとやってくる。崖に囲まれた人気のない場所。そこにひっそりとある、洞窟。
 それを見たとたん、胸の中に言いようのない想いが溢れかえる。胸がつまって苦しくて、私は一目散に駆けだした。

 外に洗濯物を干していたらしい、エミリアが、まず私に気づいた。まんまるの瞳をこぼれ落ちそうなほど見開き、私を見つめている。

「エミリア!」
「ローゼ? ローゼ!」

 持っていた洗濯物を取り落とし、エミリアは小さな足で駆けてきた。私の半分しかない小さな体を受けとめる。

「エミリア、ただいま」
「寂しかったよぉ」
「うん、ごめんね。悪いことしてない?」
「してないもん」

 泣きながらすがりついてくる体をキツく抱きしめた。温かなぬくもり。私の家族。

 エミリアの泣き声が聞こえたのか、洞窟の中から続々と人がやって来た。
 みんな一様に目を見ひらき、泣きながら飛びついてくる。エミリアがいるから避けるに避けられず、そのまま押しつぶされた。

「うっ、おもっ、どいて」
「おいおい、おまえら。なーにしてんだ」

 張りのある声が響きわたり、その声ですぐに誰かわかった。

「アンドリュー!」
「……その声、ローゼ、ローゼか!?」
「うん、そう! 重い、助けて!」

 片手を伸ばすと、アンドリューはすぐにその手をつかんで引っ張りあげてくれた。そして、大きな体に抱きつぶされように包みこまれる。

「うっ、アンドリュー」
「この、馬鹿野郎が! どれだけ心配かけさせるんだ!」

 耳もとで怒号が響き、頭がくらくらした。

「ご、こめん」
「何ヶ月いなかったと思ってんだ」
「いやー、なんか予定が狂っちゃって」
「この間、となり町にいただろ?」
「あ、やっぱりわかった?」
「あんな不審な雨降らせることができるの、ローゼぐらいだ」

 アンドリューの大きな手が、私の頭のうしろをなでていく。

「あの騒動のあと、ローゼを探したが見つからなかったんだよ」
「そうだったの? なんかやけに急かされてすぐに町を出て……って、まさか」

 ルーカスは、アンドリューたちが私を探すと、わかっていたのだろうか。だから休む時間も与えてくれなかったとか。いや、そんなまさか。

「まあ、無事だったみたいだしな。安心した」

 安心できるぬくもりに、心の扉がすこしだけひらく。

 アンドリューの肩口に額をよせ、目をとじた。

「あのね、いろいろあったの。聞いてくれる?」
「ああ。今日は夜通し話し合うか。今は、エミリアたちの相手をしてやれ」
「うん」

 アンドリューから離れ、おとなしく話が終わるのを待っていたエミリアたちに笑いかける。すぐに飛びついてきて、あたりは泣き声と笑い声で満ちあふれた。

 その日の夜、私はアンドリューの部屋に行き、あったことをすべて話した。
 難しい顔をして聞いていたアンドリューは、やがて「そうか」とそれだけをつぶやき、お酒の瓶を煽った。

「水の巫女か」
「南の湖近くに住んでたんだって」
「たしかにローゼを受け取ったのは、あのあたりだな」
「ん? 私って、町に捨てられていたんじゃないの?」

 今のアンドリューの言い方だと、拾ったわけではないみたいだ。
 いぶかしげに見つめていると、アンドリューは大きな手で頭のうしろをかいた。

「あー、いや。ずっと言えなかったが、ローゼは捨てられていたわけじゃない」
「え?」
「昔の話だが……南の街道を外れたところに森があるんだが、そこに赤子を抱いたまま倒れてる女がいたんだよ。ひどい火傷をおっていた。もう助からないと自分でもわかってたんだろうな。目があった俺に、子どもを頼むと差し出してきた」
「…………」
「見捨てておけなかった。あまりにも必死だったから。まだ生まれたばかりだろう赤子のことばかり心配して、俺が子どもを受け取ったと同時に、女は静かに亡くなった」

 思ってもみなかった事実に、沈黙がながれる。

 まさか、私は捨て子じゃなかったなんて。アンドリューの話じゃあ、私は本当に水の巫女の一族の末裔になる。

「これ、返すな」

 アンドリューはそう言って、私がここを発つまえに渡した、銀の台座の上に青い玉が置かれているネックレスを差しだした。

「これは、おまえの親が身につけていたものだ。悪いとは思ったが、おまえの親の形見になればと、俺が盗った」

 受け取ったネックレスを見つめる。透きとおる青い石は、ゆらめく水面のように儚さを感じる。
 ローゼリッタと刻まれている表面をなぞり、ゆっくりと首から下げた。

「言わなくて悪かったな」
「ううん。まあ、そのせいでお城でもめたわけだけど」

 から笑いしながら首もとのネックレスをゆらす。アンドリューは重々しい雰囲気で私の顔をジッと見つめ、おもむろに口をひらいた。

「おまえに、盗賊なんていう生き方しか与えてやれなかったことは、すまないと思っている」

 そう言って、アンドリューは突然頭をさげた。
 意味が理解できずに反応が遅れ、理解したとたんこみ上げたのは、怒りだった。

 私は飛びかかる勢いでアンドリューの衿もとをつかみ上げる。

「なにそれ。私は! 盗賊が嫌だなんて思ったこと、一度もない!」
「いや、だけどなぁ……」

 アンドリューは弱りきった表情をして、考えをめぐらせるように天井を見まわした。

「ローゼ、ここに帰ってきてよかったのか?」

 胸の奥が、突き破られそうになった気がした。
 アンドリューから手を離し、引きつった顔で首をふる。

「意味、わからないよ」
「王子と一緒にいなくてよかったのかって、聞いてるんだよ」

 私の胸の奥をこじあけるような言葉を聞いて、目を見ひらく。

「もう二度と、会えないかもしれない。それでいいのか?」

 私の心をのぞこうとするアンドリューの目から姿を隠すように、その場にうずくまる。
 アンドリューが私と同じようにしゃがんだのが気配でわかった。

「帰ってきてくれたことはうれしい。心配していたからな。だけど、娘の幸せを願うのが親だろう」
「だって、私はっ」

 声がふるえた。それを実感してしまったら、視界がにじみだす。それがひどくかっこ悪く思えて、唇を噛みしめて必死に涙をこらえた。

「ローゼリッタ。おまえが、後悔しない道を選べ」

 大きな手が、やさしく私の頭をなでていった。

 ルーカスとは違う手。すぐに私の髪をいじるルーカスとは、似ても似つかない。

「私、こ、こわくて、逃げたの!」
「ああ」
「ルーカスは、いつもほほ笑んでいて、だからこそ、本心がわからなくて。だから、用済みだって言われる前に、逃げてきた!」
「…………」
「背を向けた。私は、逃げたの……」

 しゃくりあげながら話し、あふれる涙をぬぐう。

「まだ、どうしたいかわからないよ。心の整理がついたら、どうするか決めるから」
「そうか。ここはおまえの家だ。好きなだけゆっくりしとけ。今日はもう寝ろ。疲れただろ?」

 アンドリューは二度私の頭の上で手をはずませ、立ちあがった。私も目じりをぬぐいながら立ちあがり、アンドリューにあいさつをしてから部屋をでた。

 吐きだした息は、とても重く、そして切なかった。

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