第21話

 ルーカスと私は、予定どおり城を出た。兵たちは、本当に誰ひとりついて来なかった。
 いったいこの国はどういうつもりなんだ。

 城を出て馬に乗り、そろそろお尻が限界となりはじめた三日目。
 私たちは、私のアジトのすくそばにある町、コンセッタへとやって来る。

 そう、私とルーカスが、はじめて出会った町だ。

「懐かしいですね、この町に来るのは」

 町の入り口で、ルーカスは馬に乗ったまま頬をゆるめた。

「ココで、ローゼと出会ったときは、幻かと思いました」
「なにそれ、どういう意味?」
「青い髪と瞳を持った女性がいたら、普通驚くでしょう?」

 言いながら、ルーカスは私のかぶっているフードをグッと押し下げた。

「ちょっと、前見えない」
「あなたの髪は目立ちます。大人しくしていてください。家族を助けたいのでしょう?」

 そう言われてしまうと、手も足も口もでない。黙って従うのみだ。

 私は小さくうなずき、軽々と馬からおりたルーカスに抱きあげられる形で地面に足をつけた。

「問題は、例の者たちがどこまで来ているのか……できれば町の人々を避難させたいのですが」
「避難って、なにか案でもあるの?」
「いちおう、王都に避難民の受け入れ態勢を作ってきています」
「えっ、いつの間に」

 話を聞いた次の日が出発ではなかったのは、その対策をしていたからなのだろうか。頭が回るというか、つねに先手を考えている感じだ。

「しかし、移動が徒歩になってしまうのが問題ですね」
「馬車とか用意できなかったの?」
「そういうわけではないですが、あまり多くの馬車が出入りすると、敵に気づかれる可能性があります。それでは本末転倒です」
「たしかに」

 ここへ向かってきているのは盗賊だ。盗賊たちは当然金品を狙ってくるだろう。町の人たちがこぞって移動したとなれば、金目の物も移動したと考えるかもしれない。
 逆に、人がいないということでこの町に引きこむこともできるかもしれないが、少々リスクが高すぎる。

「シエルの集めた情報から推測すると、奴らがこの町に来るまで最低でも数日があるはずです。その間に、人々に理解を求めます」
「じゃあ、とりあえず町行こう」
「そうですね。行きましょうか」

 私とルーカスは、馬の手綱を引きながら、私たちのはじまりの町、コンセッタへと足を踏みいれた。

 まずは馬小屋つきの宿を探した。馬を連れたまま歩きまわるのは目立ちすぎる。
 ただでさえ、私とルーカスはフードをかぶった怪しい二人組なのだ。人目につくことは控えたい。

 それに、今はまだ、アンドリューたちと面と向かって会えない。アンドリューたちに会うときは、ちゃんと「ただいま」と、そう言いたいのだ。

 町を歩き、宿をとる。なぜか、ルーカスがとったのは一部屋のみだった。
 部屋に入り、さっそくルーカスを問いつめる。

「どういうつもり⁉︎」
「なにがです?」
「なんで同じ部屋なのかってこと!」
「問題ありますか?」
「大あり!」

 声を張りあげ、苛立ちをルーカスにぶつける。怒りをぶつけられてもなお、ルーカスは笑みを浮かべたまま、なんでもなさそうに私の頬を指先でなでる。

「ココは、あなたの故郷と呼べる場所のようですので。逃げられては困ります」
「なにそれ、最低!」

 ルーカスをどつき飛ばし、部屋の奥へすすんだ。木製のベッドが二つと、テーブルとイス。城のきらびやかな部屋とは一変して、質素な部屋だ。こういう部屋のほうが、私は落ちつく。

「ローゼ、そう怒らないでください。逃げられては困ると言いましたが、私は怖いのですよ」
「意味わからない」

 そっぽ向いたまま、木製のベッドに腰かけた。

「あなたは、いつまで経っても家族を忘れられないようなので」
「そんなの当然でしょ」
「あなたが私を捨てていくのを、私は恐れているのです」

 ルーカスが私の目の前に立った。そして床に膝をつき、私の手をとる。

「意味、わかりませんか?」

 赤い瞳に見つめられ、言葉につまった。

「ローゼリッタ」

 甘い囁きが、私の鼓膜をくすぐっていく。

「あ、雨は降らせる! ルーカスは、私が雨を降らせてくれればいいんでしょ。最初から、そういう約束だから!」

 私の手をとるルーカスの手をふり払った。

「ローゼ」
「雨は降らせる。私も、すこし気持ち変わったから」

 ルーカスを拒否するように背を向けた。

 ルーカスは私によくかまうけれど、それは雨のためだって知っている。
 もともと、そのために私は城にいたわけだし、なによりも、ルーカス自身がはじめに口にした。

 特別な感情とか、持ったことないと。

 私が雨さえ降らせてくれれば、ルーカスのことを憎んでいようとかまわないと。

 ルーカスは、好き嫌いのない機械のような男だ。騙されるな。ひょうひょうとした顔をする甘いマスクの男は、人を惑わす悪魔かもしれないんだから。

「ローゼ」
「私、情報集めてくる。逃げたりしないから! 夕方にはもどる。行ってくるね!」
「ローゼリッタ!」

 私は窓から飛びおりた。ルーカスの叫ぶよう声も、無視した。ひたすら走り、人混みにまぎれてひと息つく。

 なんだろう。私の心臓、変だ。

 ルーカスの甘い囁きに、ドキドキするなんて、そんなこと、あるはずがない。

 ルーカスは、王位継承権を持つ王子なんだから。盗賊の私とは、光と影くらい違う。
 いつもほほ笑みを浮かべるルーカスの言葉は、なにが真実なのかよくわからない。囁くような甘い声も、私を惑わす作戦かもしれない。相手は、頭脳明晰の、一筋縄ではいかない王子なのだ。

 雨を、降らせよう。

 今の私なら、きっと呼べるはず。
 だって私は、ルーカスに死んでほしくないと、そう思ってしまっている。

 胸の前でこぶしを握りしめ、情報を集めるために道ゆく人に笑顔で話しかけた。

 夕方、宿へもどると、ルーカスは部屋にいた。イスに腰かけ、腕を組んだまま目をとじている。
 一瞬寝ているのかと思ったが、私が近づいた瞬間赤い瞳がのぞく。

「あ、た、ただいま」

 ルーカスはなにも答えず、目を細めた。

 いつもののほほんとした穏やかな雰囲気が感じられない。ピリピリとした、張りつめた空気がただよっていた。

「ルーカス?」
「……情報は、集まりましたか?」
「え、うん。怪しい人を見かけた人はいなかった。この町へやって来た商人たちも、変な人は見てないって」
「そうですか」
「でも、ここ最近南から来る人がへっているから、南の様子はわからないらしい」
「なるほど。すこし不安ですね。早急に手を打ちましょう。できればこの町に人がいないようにしたいのです」

 ルーカスは言いながら立ちあがり、腰に剣を下げて歩きだす。
 部屋を出て、宿の受け付けまで来たところで、ざわざわと戸惑うような騒めきが広がっていた。

「なにかあったのでしょうか?」
「聞いてくる!」

 ルーカスの横から飛びだし、適当に近くにいた人に声をかけた。

「なにかあったの?」
「え? ああ、なんでも、変な奴らがこっちへ向かっているって、言いふらしてまわってる奴らがいるんだよ」
「え⁉︎」

 まさか、南からの盗賊たちがもう来ているってこと?

「言いふらしてまわってるのって、どんな人?」
「茶色い髪のガタイのいい男と、黒髪にソバカスの男だ」
「……アンドリュー?」

 間違いない。アンドリューたちだ。アンドリューたちが、いち早く南からの不審者を見つけたんだ。

「ルーカス!」

 私はふり返り、ルーカスに合図を出す。

 それだけで伝わったのか、ルーカスは目を見張り、かぶっていたフードをとって一目散に駆けだした。あまりの速さに、目を疑った。
 あっという間にルーカスの姿は見えなくなり、私も慌てて駆けだす。屋根にのぼり、目立つ黄金の髪を探した。

 ルーカスは町の入り口にいた。私も屋根の上を走りだし、町の入り口へ向かう。

「ちょっと、ルーカス!」
「うかつでした。彼らは、南特有の砂狼を従えていたようです」
「えっ」

 どこからともなく遠吠えが聞こえた。

「ローゼ、町の人を避難させてください」
「待ってよ、ひとりで戦う気?」

 ルーカスの横顔を見つめ、無理だと首をふる。相手の人数もわからない。さらには狼を従えているなど、完全に想定外だ。
 ここはもう、この町を囮にして王都に向かうのがいい。それか、アンドリューたちに援軍を頼むしかない。

 さりげなく視線を飛ばしていると、ルーカスは一歩前に足を踏み出した。

「なに、問題ありません」

 そして、ルーカスは視線を下げ、うしろにいる私を流し目で見つめると、目もとをゆるめた。

「ローゼ、あなたが水なら、私は火」
「どういう意味?」
「私は、火を司るんですよ」

 ルーカスはそう言って、腰に下げられていた剣をぬいた。

 やがて、その剣に絡みつくように炎が巻きあがる。

「ウソ……」

 現実離れした光景に目を見ひらく。

 燃えさかる炎は、そのままこの地すべてを焼き尽くしてしまいそうだった。

「ウソではありません。代々、赤い瞳を持つ者は、火を統べる力があったのです。だから、王位継承権は赤い瞳を持つ者と決められたのですよ」
「そんな、知らなかった」
「民間人には、あまり知られていませんので」

 ルーカスは、炎のまとった剣を握りながら、いつものようにおだやかにほほ笑む。

「王都には壁があるでしょう。あれは、この炎から守るために作られたのです」

 王都をぐるりと囲っていた頑丈な壁を思いだす。

「赤い瞳を持つ王には、人々を守る力がある。だけど同時に、人を傷つける力もあるのです。あの壁は、人々を守るもの」
「まさか、ルーカスが供をつけないのって」
「私の炎に、巻きこまれないようにするためですよ。私もまだ半端者ですので、手もとが狂うことも、ないとは言いきれません」

 その言葉は、沼に沈む石のように重く感じた。

 ルーカスの存在する意味とはなんなのか。

 それはまさか、死ぬまで国のために戦うことなのではないかと思って、心が冷えた。

「ローゼ、さがってください。町の人を、できるだけ遠くに」

 黄金の髪をゆらすルーカスの背中は、とても大きかったけれど、とても寂しそうに見えた。

 ルーカスに任せるのが一番良いかもしれない。それはわかっている。
 だけど、今ここでルーカスに背を向けたら、なにか、とても大切なものがなくなってしまう気がする。

 それがなにかはわからないけれど、私は盗賊。

 大切なものを守るために、背を向けたりしない。

「待ちなさいよ!」

 ルーカスの言葉を無視して、私は声を張りあげた。

「私だって、戦える! ひとりになんてさせない! それに、火をつかうなんて、町が燃えたらどうする気⁉︎」

 かぶっていたフードをとる。青い髪が風にのってなびいていった。

「私は、この町が火だるまなんて、ぜったい認めない!」

 無理矢理な言いわけだと自分でもわかっていた。それでもルーカス目を丸くし、やがて破顔する。

「ははっ、本当に、あなたって人は。わかりました。では、あなたを信じます」
「え?」
「援護してください。火が燃え広がらないように、サポートを」
「……っ、任せて!」

 ルーカスと背中を合わせ、一度だけ視線をまじえる。南からの不審者は近くまで来ているようで、狼だと思う足音が聞こえだした。それはやがて大きくなっていき、勇ましい遠吠えが大地を揺らす。

 大丈夫。私は守るの。私の大切なものを。

 この町のそばには、アンドリューたちがいる。
 そして、ルーカスがいる。

 私は、呼べる。心から願うことができる。

 水をこの場に。町に雨を。

 大気中の空気をすべて吸いつくほど大きく深呼吸をし、背中に感じる体温に想いを馳せながら、私は言葉をつむいだ。やがて私とルーカスを挟んで雲がくっきりと割れる。

 町の上空には暗雲が。
 町の外は太陽が。

「これが、水の巫女の力」

 暗雲は雷鳴をともないながら、大粒の涙をながす。

 雨、もっと。火をかき消すくらいの、大雨。

 嵐のような雨が降り注ぐ。透明な雫が地面に叩きつけられる音だけが聞こえた。
 私とルーカスはお互いの存在を感じながら、これから起こる戦いへ神経を集中させた。

 しばらくすると、狼の遠吠えとともに、薄汚れた身なりの男たちが現れた。さいわいにも、町の人たちの姿は見えない。

 私は、なんとなくわかっていた。きっと、アンドリューたちが誘導してくれているのだ。アンドリューたちは私の力を知っている。今の不可解なこの雨や遠吠えで、聡いアンドリューはすべてを理解しただろう。

「なんだ、こりゃあ。なにが起きてやがる」
「来ましたね。残念ですが、ここからさきへはすすめません」
「だれだ? おまえ」
「私の名は、ルーカス・キング・フォード。この国の第二王子です」

 凛とした声が聞こえる。ルーカスが前に足を踏みだしたのか、背中から伝わっていた体温が消えた。

「第二王子だと⁉︎」
「あなたがたのことは、グランシード王国の王子からうかがっております」
「なに?」
「我が国に害をもたらす者は、処罰するのが決まりです。申しわけありませんが、丸焼きになっていただきますよ」

 ゴォッと炎が燃える音が響き、あたりに熱が広がっていく。ものすごい熱さだ。毛穴から汗が吹き出る。

 火を司るということが、どれだけの力を持つことなのか、見なくてもわかった。

「なんだ、その火は!」
「悪を焼き尽くす業火ですよ」

 視線をうしろへ向けた。ルーカスが剣をふると、剣にまといついていた炎が、あたり一面に広がった。
 炎が地面を蛇のように這い、狼の足に巻きつく。

 狼に乗っていた男は、悲鳴をあげる狼に振り落とされ、地に転がる。そして、恐怖に染まった顔をして、男たちは尻餅をつきながらあとずさっていた。

 こんなの、勝負にもならない。だって、ルーカスの周りは炎が守るように囲っていて、近づくことすらできないのだから。

 夢を見ているかのような光景に驚きながらも、私は自分のことに意識をもどす。

 ルーカスの炎の強さがどれくらいだろうと、私が今やるべきなのは、ルーカスが大切に思う国の人々を守る壁になること。
 水の巫女の力なんて、そんなのさっぱりだし、雨を呼ぶしかできないけれど、それでも、私がここで雨を降らせることで救われる人がいるならば、私は願う。

 この国すべての人の平穏と、ルーカスの未来を。

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