第18話

 ルーカスと小競り合いをした日から、私とルーカスの間には微妙な空気が流れだした。

 ルーカスが私の部屋をたずねてくるのは変わらないが、ふとした瞬間に会話がつづかなくなり、沈黙が流れる。
 いままで、お世辞にも仲良しとは言えないが、ルーカスののんびりとした空気のおかげもあり、こんなに気まずかったことなんて一度もなかった。

 重たい空気は、心まで重くしていく。

 私は気分転換という名目で、この城に来てから鈍ってしまった体を鍛えるためにも、部屋の中でトレーニングをするようになった。体を動かしている間は、なにも考えなくてすむ。

 アンドリューのことも、ルーカスのことも。

 マリーの助けを借りながら、室内でできるストレッチを終える。
 私は、休憩がてら外の空気を吸おうとバルコニーにでた。柵に手が触れるくらいまで近づき、大きく息を吸いこみながら町の風景を見つめる。

 そしてふと、城門のところに止まっている、黒塗りの上等な馬車を見つけた。いままでにも何度か見た馬車と同じだった。

「ねえ、マリー」

 私は部屋の中でお茶の準備をしていたマリーを呼んだ。

「ローゼリッタ様、どうされました?」

 マリーはすぐに駆けよってくる。
 私はマリーを自分のとなりに招いて、城門のそばにとまっている馬車を指さした。

「あの馬車、どこのものかわかる?」

 マリーは私の指先を追うように見つめ、頭のなかに眠っている記憶をたどるように固く目をとじた。

「たしか……あれは、グランシード王国のものです」
「グランシード王国?」
「はい。南にある、砂漠の国です」

 マリーの言葉に、私は息をのんだ。

 グランシード王国。
 私がはじめてこの城に来た日に、ルーカスが話していた国だ。水の巫女が消えたことにより、干ばつが深刻化していている国だと、ルーカスはそう言っていた。

「どうして、グランシード王国の馬車が?」
「さあ、くわしくはわかりませんが、グランシード王国と、このファイミリア王国は、友好関係にあると聞いたことがあります」
「そうなの?」
「はい。ルーカス様、いえ、代々ファイミリア王国は、隣国との関係を大切にしているそうなので、よく隣国の王族や貴族の方がいらっしゃいます」

 隣国との関係を大切にしている。
 だから、ルーカスは私に頼んだんだ。助けてくれと。

 ルーカスにとって、大切な人たちだったから。藁にもすがる思いだったのかもしれない。
 ルーカスは私のことを、目のまえに現れた希望の光だと言った。

「グランシード王国の人たち、よく来てるよね?」
「そうですね。私が孤児院にいたころにも、何ヶ月かに一度は町の中を走る馬車を見かけましたが……最近は、とくに多い気がします。なぜでしょうか?」

 不思議そうに首をひねるマリーは、グランシード王国のことを知らないのかもしれない。

 マリーの話からすると、ここ最近のグランシード王国の馬車は、異常な頻度できているようだ。
 そういえば、ルーカスは時間がないと、そう言っていた気がする。もしかして、干ばつ化がさらに進行したのだろうか。

 グランシード王国は、ルーカスにとって大切な国。だれだって、大切なものは守りたいと思うものだ。

 それは、すべての人が持つ、あたりまえの感情のはず。私だって、アンドリューたちが危険にさらされたなら、頭をさげるだろう。

 助けてくれと。救ってくれと。
 アンドリューたちは、私の大切な人なのだと、そう訴えて。

 なのに私は、はじめ、頭をさげるルーカスになんと言っただろうか。

 そんなものは知らないと。国なんか嫌いだと、誰かが亡くなってもかまわないと、私はそう言わなかっただろうか。

 ルーカスはいったい、どんな気持ちでそれを聞いていたのだろうか。

 私は、ルーカスの気持ちを踏みにじり、ルーカスの守りたいものまでもズタズタに切り裂いていたのだ。
 それなのに、いつもおだやかにほほ笑むルーカスは、なにを考えているのだろうか。

「ローゼリッタ様? どうされました?」
「ううん、なんでもないの」

 こぶしを強く握りしめ、私は黒塗りの馬車を見つめた。