第16話

 ルーカスの案内で訪れた孤児院は、白塗りの壁が輝き、それこそ貴族の屋敷のように広々としている、とてもきれいな場所だった。
 
 孤児院というと、どこか暗いイメージがあったが、ここはそんな場所とは真逆と言える。
 建物の周りには花々が美しく咲きほこり、白い壁とのコントラストがとても鮮やかだ。

「ここ? マリーのいた孤児院」
「はい、そうですよ」

 ルーカスに続いて、私は孤児院へと足を踏みいれる。子どもと接するのは嫌いではないが、知らない子とはじめて話すときはすこし緊張するものだ。

 建物の中に入ってすぐ、子どもと目があった。

「あーっ、変なひと! ふしんしゃ!」

 子どもは大声でそうさけび、孤児院の奥へと駆け出していく。止める間もない一瞬の出来事だった。

「不審者って、やっぱりこのフード?」
「そうですね。ここでは取ったほうがいいでしょう」
「でも、ルーカスのその目」

 この国で赤い瞳というのは、王位継承権の証だ。あっという間に王子だとバレてしまう。

「問題ありませんよ。ここでは、ね」

 意味ありげな言い方に首をかしげつつ、私はかぶっていたフードをとった。
 頭のてっぺんで結わいていた青い髪が、ひらりと肩から落ちてくる。

「やはり、いつ見ても素敵ですね。ローゼの青い髪」
「そう? 自分のことってよくわらないし。私は、ルーカスのその金髪のほうが綺麗だと思う」
「そうですか? ローゼにそう言われると、なんだかうれしいですね」

 ルーカスは自分の金髪を見つめ、表情をゆるめた。そして、私の手を引きながら孤児院の奥へと入っていく。遠慮のない振る舞いに驚きながらも、私はルーカスに続いた。

 やがて、ルーカスはひとつの部屋へとやって来る。数回ノックをし、扉をあけた。

「失礼いたします」

 ルーカスが声をかけると、中の視線が一斉に突き刺さる。

「まあ、ルーカス様! よくぞおいでくださいました!」
「おひさしぶりですね。マダム、シャーリー」

 ひとりの女性がにこやかに駆けよってきた。親しそうな二人に戸惑いながら立っていると、女性の視線が私に向く。

「まあ、ルーカス様、ついにお相手をお決めに?」
「はい。美しいでしょう。ローゼリッタです。ローゼ、あいさつを」
「えっ、あ、うん。ローゼリッタです。よろしくお願いします」

 なんだか今、流してはならない会話を耳にした気がするが、雰囲気にのまれてしまった。
 冷や汗をかきつつ、私はルーカスを見あげる。

「ローゼ、この方は孤児院の院長ですよ。シャーリー婦人です」
「シャーリーよ。みんなからはマダム、シャーリーと呼ばれているわ。それにしても、見事な青ね。とても綺麗だわ」

 マダム、シャーリーは、笑うと目尻にできるシワが、とてもかわいらしかった。すこしマリーに似ているかもしれない。

「それで、今日はどうしたのかしら?」
「彼女が来たいと言ったので、少々見学です。マリーは今、彼女のメイドをしているのですよ」
「まあ、マリーの? あの子はすこし変わっているでしょう? 変なこととかしてないかしら?」
「マリーは、私にとてもよくしてくれています。私、マリーが大好きなんです」

 マダム、シャーリーはくしゃりと顔にシワを寄せ、それはうれしそうに笑った。
 そんなマダム、シャーリーの顔を見て、マリーがどうしてあんなに思いやりにあふれているのか、私はわかったような気がした。

 この温かさ、アンドリューを思いだす。
 やさしく、包みこむような愛情を注いでくれ、ひとりひとりを大切にしてくれる偉大なひと。

 胸の奥がきゅっと切なくなり、私は目を細めて笑いながら胸もとをすこしだけつかんだ。

「……ローゼ、子どもたちに会いに行きませんか?」
「えっ、あ、うん。そうだね。お土産もあるし」

 言いながら胸もとから手をはなし、私はチョコレートを大量に詰めてもらった紙袋を持ちあげる。

「やはりそれは、子どもたちのだったのですね」
「さすがに手ぶらじゃダメかなって。マリーの家だからね」
「あなたらしい」

 吐息を吐きだすように笑ったルーカスは、マダム、シャーリーに頭をさげ、私の手を引いた。

 孤児院の中を歩き、壁に貼りつけられてられているたくさんの絵を見つめる。子どもらしい力強い絵だ。

「ここ、いい場所だね」
「そう思いますか?」
「うん。すこし、羨ましくなるくらいね」

 耳に届く子どもの笑い声。すこし前までは、私も呆れながらそれを聞き、子どもたちをなだめていた。

「……ローゼ」

 ルーカスは一瞬だけ複雑そうな顔をしたが、すぐにその顔は霧散していった。

「いえ、子どもたちも、チョコレート喜んでくださるといいですね」
「喜ぶよ。子どもは、甘いもの好きだから」
「そうですね」

 それっきり会話が途切れてしまい、微妙な空気が流れる。ルーカスの横顔を見つめていると、不意に目があい、慌ててそらす。

 なにか考えているかのような顔を、ルーカスはしていた。いったいなにを考えているのだろうか。

「ローゼ、ここですよ。ここに子どもたちはいるはずです」

 いつの間にか到着していたようで、ルーカスが横開きの扉に手をかける。ガラリと戸をスライドさせると、大きな丸い目がいくつも突き刺さった。
 まだ歩けるかどうかわからない小さな子から、もう成人するだろう大きな子まで、さまざまだ。上の子が下の子の面倒を見るというのは、どこでも共通らしい。

「わぁ〜! あお、髪があおい!」

 誰かの声を合図に、子どもたちのざわめきが広がった。
 盗賊団だと私の髪色はみんな慣れていたが、はじめて見る子が大勢いると、なかなかにうるさい。

「あ、ルーカス! ルーカスいる!」

 舌ったらずな女の子が響く。そして、栗色の髪をした3歳くらいの女の子が、ルーカスの足に飛びついた。

「ねえ、マリーは?」
「ああ、マリーですね。マリーは今お城にいますよ」

 ルーカスはおだやかに笑いながら、慣れた手つきで子どもを抱きあげる。そのとき、ふと違和感を感じた。

「ルーカスって、ここに来たことあるの?」
「え? はい、マリーを取り立てるときに来ましたよ」
「ふーん」

 それにしては、子どもを抱きあげる動作がやけに慣れていた。私はしゃがみこみ、そばにいた子どもに声をかける。

「ねえ、このお兄さん、よく来るの?」

 黒髪を短く刈り上げた男の子は元気にうなずいた。

「うん! ルーカスは、たまに来るよ! 絵本とか読んでくれるんだ!」
「へえー、ふーん。そう」

 立ちあがり、ルーカスを見つめる。

「子どもは嘘のつけない生きものだよ」
「そうでしたね」

 ルーカスは苦笑いしながら、抱きあげていた子どもを床に降ろした。そして、私に持ってきたチョコレートを配るように指示をだす。大人しくそれに従い、私とルーカスは子どもたちにお土産をバラまいた。
 子どもがチョコレートを食べている間、壁に寄りかかって、孤児院の様子をながめた。部屋の中のものはすべて清潔そうで、子供たちのほっぺたもみずみずしくふっくらしている。健康的な生活が遅れているのだろう。

「王子様って、孤児院に来たりするんだね」

 チラリと、横目にルーカスを見つめた。どんな反応をするかと、目を細める。

「子どもたちは、未来を担う国の宝ですので」
「ふーん。そっか」
「まだまだ、力は及んでいませんが」

 ルーカスは寂しそうに笑いながら子どもたちを見つめていた。どういう意味か聞こうかと思ったけれど、喉につっかえたみたいに言葉が出てこなくて、私も黙ったまま、笑顔ではしゃぐ子どもたちを見つめた。

 しばらく子どもたちと触れあっていると、そろそろお城に帰らなければならない時間がやってくる。

「ローゼ、そろそろ帰りましょう」
「もうそんな時間?」

 私は読んでいた絵本から顔をあげた。ひっつき虫みたいに私に寄りかかっていた子たちが、いやいやと首をふりだした。ルーカスが苦笑いをしながら子どもを抱きあげてあやす。どこかの父親みたいだ。

「はい。これ以上はマリーたちも心配してしまいます」
「それもそうだね。わかった」

 腰をあげ、小さなひっつき虫たちと別れのあいさつをかわす。ルーカスが私にくっついていた子をひょいと持ちあげ、子どもたちを集める。
 そして子どもたちと院の先生たちになにかを話しだした。私はまた子どもにひっつかれても困るので、すこし離れたところでそれを見守った。
 しかし、待っても待ってもなかなか終わりそうにない。しかたなく、さきに部屋を出て扉の外でルーカスを待っていると、マダム、シャーリーがやって来た。

「あら、ローゼリッタさん」
「こんにちは」
「ふふ、子どもたちの相手をしてもらってしまって、ごめんなさいね」
「いえ、子どもの相手は慣れているので」

 そこで言葉をとぎり、すこしだけ逡巡して、マダム、シャーリーを見つめる。

「ルーカスは、この孤児院に思い入れでもあるんですか?」

 マダム、シャーリーはゆっくりとまばたきをして、すこしだけ首を横にたおした。

「あら、なぜそう思ったの?」
「なんとなくです」

 キッパリと言いきると、マダム、シャーリーは目じりにシワをよせる。

「ふふ、ルーカス様をよく見てるのね。ここは、ルーカス様が建てたのよ」
「ルーカスが?」

 意外な返答に驚いた。

「この孤児院は、国からの援助で成り立っているの。そのおかげで、王都には路頭に迷う子どもはいないのよ」
「…………」
「すべて、ルーカス様のおかげよ」
「……そうなんですか」

 ふと、アンドリューを思いだした。

 親に捨てられ死に絶えていく子どもをすくいあげ、居場所をくれる偉大な男。立場はまったく違うけれど、していることは同じかもしれない。

 アンドリューが子どもを思うように、ルーカスは国を思っている。

「ローゼ? どうしました?」

 いつの間に近くに来ていたのか、ルーカスが赤い瞳で私をのぞきこんできていた。

「ううん、なんでもない」
「すこし疲れたのかもしれませんね。城にもどって、今日はもう休みましょう」
「……うん、そうだね」

 差しだされた手をとり、私はマダム、シャーリーたちに頭をさげ、ゆっくりとその場をあとにした。