第15話

「で、ラッキーアイテムだっけ?」

 食事をとりながら話し合った結果、ルーカスは占いのラッキーアイテムが欲しいらしい。
 こだわりすぎだとも思うが、その占いが百発百中と言われてしまえば、従わないわけにはいかない。

「なにか甘いものを買いに行きましょう。ローゼばなにが好きです?」
「私はべつに……」

 とくに好きなものはない。甘いものは嫌いではないが、あまり食べる習慣がなかったため、なくても困らないのだ。

 甘いものといえば、思い浮かぶのは盗賊団の子どもたちだ。エミリアたちがとくに好きなのは、チョコレートだったはず。舌にまとわりつくような甘さを、エミリアたちはやけに好んでいた。

「……チョコレート」
「チョコレートですか?」
「うん。なんだか、食べたくなった」

 目の前に、エミリアたちの楽しそうに笑う幻影が浮かんだ。胸の奥が、小さな針で刺されたようにかすかに痛む。

「……そうですか。それでしたら、いいお店がありますよ。そちらに行きましょう」
「うん」

 差しだされたルーカスの手はつかまず、私は歩きだす。苦笑いをしたルーカスが、私のとなりに並んだ。

「ローゼ、人が多いので、はぐれてしまいますよ」
「平気。それに、はぐれてもいい」
「それでは私が困ります」

 そう言いながら、ルーカスは私の手をとる。

「離してはダメですよ」
「まるで手錠みたいだね」

 私の手に絡みついている無骨な手を見おろしながら、皮肉を口にした。

「そうですね。手錠みたいなものです。あなたを逃がす気は、私にはありません」

 おだやかな笑顔で、ルーカスは私の皮肉をいともたやすく踏み消していく。
 なにを言っても無駄だと悟った私は、軽く肩をすくめ、おとなしくルーカスに従った。

 ルーカスに手を引かれながらやって来た場所は、小さいながらも高級感をただよわせる、チョコレートの専門店だった。

「こちらのチョコレートは、たまにお城でも使用しているんですよ」
「へぇ、それはすごいね」

 つまりは、王室御用達ということなのだろう。お城で使われているのならば、味はお墨つきということか。

「いくつか試食を出してもらいましょう」
「え? べつにいいよ」
「せっかくなので、ローゼが気に入ったものを買いたいのですよ」

 ルーカスはやんわりと私を言いくるめると、ひとり店の奥へと歩き出して店員に話しかけていた。

 私は一度店の中をぐるりと見まわし、近くにあったチョコレートが並べられている棚へと近づく。ひとつひとつ箱に入れ、丁寧に包装されている。
 ふと、箱のそばにあった値段の書かれた紙を見て、顔が引きつる。甘いものは比較的高価な品であるが、ここにあるものは、庶民にはどうしようと手が届かないものだった。ゼロの数がおかしいのだ。

「おや。ローゼ、それがいいのですか?」

 店員と話していたはずのルーカスが近づいてくる。私は力いっぱい首をふった。

「そうですか。今試食を出していただいています。なにか目についたものは?」
「な、ないっ。て、そうじゃなくて!」
「どうしました?」
「これ、高すぎでしょ!」

 私はさっき見たチョコレートの値段を指さす。

「そうですねぇ、一般的なものよりかは、高価かもしれません」

 ルーカスはいつもの笑顔で、のんびりとそんなことを口にした。

「ローゼは、高価なものはあまりお好きではないのですか?」
「わ、私は、どっちかって言ったら庶民だから。甘いものとかも、あまり食べたことないし」
「そうですか。でも、私は今日、ここのお店のチョコレートが食べたい気分なのです。付き合っていただけませんか?」

 ルーカスはすこしかがみ、フードの奥にある私の瞳をのぞきこんでくる。目があって、すこしだけ唇を突きだした。

「……わがまま王子」
「王子とは、わがままな生きものなのですよ」

 ルーカスは大人のほほ笑みを浮かべ、私の手をとった。そのまま私を店の奥のカウンターまで連れて行く。カウンターの上には、すでにいくつかのチョコレートが並べられていた。

「チョコレートにも種類がありますので、ローゼのお気に入りも見つかるかもしれませんよ」
「そう?」

 チョコレートといえば、なんの変哲もない四角いものしか食べたことがない。とりあえず近くにあった正方形のチョコレートを手にとる。

「そちらは、中にキャラメルクリームを練りこんでおります。甘さとほろ苦さが味わえますよ」
「へぇー、そうなんだ」

 お店のお姉さんの丁寧な説明を聞きながら、一口かじってみる。中からとろりとしたカラメル色のクリームが出てきた。それを舌でペロリと舐めとる。

「いままで食べたことない味」

 甘いんだけど、たしかにほろ苦さがあるからそこまで甘すぎないし、けっこう好きな味だ。

「気に入りましたか?」
「うん。これは好きかも」
「そうですか。ローゼが喜んでくださると私もうれしいです」
「……そう」

 うつむいてフードで顔を隠し、ゆっくりとチョコレートを飲みこんだ。

 それからいくつか試食し、はじめに食べたキャラメルクリームの入ったチョコレートと、オレンジを練りこんだチョコレートを選ぶ。

「ルーカスはいらないの?」
「私は、甘いものはあまり得意ではないのです」
「えっ、そうなの?」

 おどろいて顔をあげると、ルーカスはかすかに苦笑を浮かべていた。

「はい。チョコレートは、甘さをおさえたものが好きですね」
「そうなんだ」

 うなずいてから、違和感に気づく。
 さっき、ルーカスはここの店のチョコレートが食べたいと言っていなかっただろうか。

「ローゼはどうです?」
「どうって?」
「甘いもの、気に入りましたか?」

 目をまたたいてルーカスを見つめた。しばらく黙って、カウンターの上に並べられているチョコレートを見つめた。

「そうだね。こうやって食べてみると、けっこう好きだった」

 そういえば昔、私が泣いてると、アンドリューたちがあめ玉やチョコレートを渡してくれていたっけ。「コレやるから泣くな」って、少し困った風に笑いながら、アンドリューたちは私をなだめた。
 最近は、私がエミリアたち小さい子に渡す側になったから、そんなことすっかりと忘れていたけど、甘いものには人を笑顔にさせる魔法がかかってるんだと、そう教えてくれたのはアンドリューたちだった。

「お城でよく出るのはクッキーだよね。あれ、けっこう好き」

 いつも私の部屋でマリーが用意してくれる、お茶とクッキー。クッキーは甘く、サクサクとしていて、つい手が伸びてしまうほど美味しい。

「あれは、マリーの手づくりなんですよ」
「え! そうなの!?」
「はい。朝焼いているのをたまに見かけます」
「そうだったんだ」

 まさか、あれがマリーの手作りだったとは。はじめて知った事実に、驚きが私の心を占める。おもむろにカウンターの上のチョコレートを見つめると、頭の中にマリーのふわりとした笑顔が広がり、私は思わず手のひらをうった。

「あっ、そうだ! お土産! マリーにお土産買いたい!」

 ルーカスの服をつかみ、つめ寄る。ルーカスは、ほほ笑みながらうなずき、私の頬を指先でなでた。

「かまいませんよ。マリーとは、とても仲良くなれたようですね。安心しました」

 ルーカスの顔を見て、マリーの言葉がよみがえる。

 マリーを城に招いたのは、ルーカスだと。それは、私のためなんだと。マリーはそう言っていた。
 私はこぶしを握り、一歩うしろに下がってルーカスを見つめる。

「ねえ」
「どうされました?」
「行ってみたい場所があるの」
「そうですか。それでは、マリーへの手土産を選んだら、そちらに向かいましょう」
「うん。ありがとう」

 うなずいたルーカスを見つめ、ゆっくりと目を細めた。

 マリーへの土産は、チョコレートのつめ合わせにした。そして、マリーへとはべつに、いくつかチョコレートを買った。無駄遣いをしてしまった気もするが、これは、私が家に帰ってからの出世払いということにしてもらおう。
 チョコレート専門店を出て、町の中を歩く。

「どちらに行きたいのです?」
「孤児院」
「……え」

 ルーカスの足が止まった。

 私はふりかえり、ゆらめくルーカスの赤い瞳を見つめる。

「孤児院に、行きたい」

 キッパリと口にすると、ルーカスは深く息を吐きだし、困ったようにほほ笑む。

「マリーですね?」
「マリーを怒ったらダメだよ。話の流れで聞いただけ」
「べつに隠しているつもりはなかったのですが、知られてしまうと気恥ずかしいものですね」

 ルーカスは口もとを大きな手でおおいながら、すこしだけ視線をそらした。

「驚いたけど、うれしかったよ」

 チョコレートがたくさん詰まっている紙袋を握りしめ、ルーカスを見あげた。

「私、マリーのおかげで、こんなにのんびりとしていられると思ってるから」
「そうですか。それはよかったです」
「うん。だから。ルーカスにも感謝してる。ありがとう」

 笑って、頭をさげた。

 しばらくの沈黙のあと、ゆっくりと顔をあげると、ルーカスはフードを目深までかぶってそっぽ向いていた。

「ちょっと、聞いてた?」
「……聞いてました」
「なんでそんな不機嫌そうなの」

 鼻の頭にしわを寄せながらルーカスの顔をのぞきこもうとするが、ひらりひらりとかわされてしまい、顔が見えない。

「いえ、不機嫌なわけではありませんよ。……兄上の占いがあたっただけです」
「はい? いつ」
「今です」
「今?」

 占いがあたるようなことなんかあっただろうか。

 考えている間に手をとられ、ふたたび私たちは歩きだす。

「ねえ、占いってなに? いいことあった?」
「はい。とてもいいことがありました」
「なに? なにか拾ったとか? お宝見つけた?」

 足もとに視線をはわせながら問いかける。

「なんですか、その発想。まるで泥棒のようですね」
「えっ!? そ、そうかな。そんなことないよ。それよりほら、孤児院!」

 ドキンッと心臓が飛びあがり、ごまかすように笑いながら、私は目の前の道を大きく指さした。

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