第14話

 ダンスパーティーの日から二日後、私はルーカスに連れられて王都へと来ていた。

「これって、一応お忍び?」

 私はとなりを歩いているルーカスを見あげた。

「はい。私はたまに町に出ていますので、道案内はできますよ」
「そうなんだ」

 軽くうなずきながら、私は頭のフードを目深にかぶり直す。

 今、私とルーカスは、そろいの白いフードをかぶっている。髪色が目立たないようにという配慮だろう。
 たしかに私とルーカスの色は、とても目立つ。青と金だ。どちらかひとつでも目立つというのに、この派手な色が並んでいたらさらに目立ってしまう。

 万が一ルーカスがいるとバレてしまえば、町中は一気にパニックになるだろう。

 なにせ、ルーカスは王位継承権を持つ、この国の王子なのだから。

 町の人たちの混乱を避けるためなのか、今この場にいるのは私とルーカスだけたった。兵士やメイド、誰もついて来ていないのだ。護衛の代わりになるのか危ういが、ルーカスの腰には一本、長剣が下げられている。それ以外に頼りになりそうなものは、なにもない。
 次期国王だというのに、護衛のひとりもいないなんていう、ずさんな警備でいいのだろうか。

「ねえ、ルーカスって、供をつけないの?」

 隠れている衛兵がいるのではないかと、背後を見つめてみるが、それらしき者はひとりもいない。

「ああ、兵たちなら探してもいませんよ」
「どうして? 王子なのに、そんな適当でいいの?」

 背後から視線を外し、ルーカスへともどす。
 私が見ていることに気づいたのか、ルーカスはフードの奥から流し目で私を見つめ、ゆっくりと赤い唇を持ちあげた。

「さあ、どうしてでしょうねぇ」

 教える気はないようだ。
 以前町で聞きこみをしたときに、ルーカスは剣の達人であると聞いた。
 だが、いくら達人だからといって、町へ行くのに供をつけないなど、いささか無用心すぎないだろうか。私のような盗賊ならいいが、ルーカスは一国の主になる男なのだ。なにかあってからでは遅い。

 私が考えている間に、ルーカスはふと表情をゆるめ、右手の甲で私の頬をひとなでした。

「大丈夫ですよ。なにかありましたら、私が守って差しあげます」

 ルーカスはそう言って、私の手をとり、指を絡めとるように手をつなぐ。骨張った人の手の感触に驚き、逃れようと軽く手を引いたが、指と指が絡んだ手は簡単に外れそうにはなかった。

「私だって、そんなに弱くないから」

 照れ隠しにフードで顔を隠しながらそう答える。

「なにかあったら、返り討ちにできるくらいは、私だって強いと思うよ。たとえば、今ここでルーカスを突き刺す、とか」

 胸の間から素早く小型のナイフを取りだし、新品のように輝く刃を見せつけると、ルーカスは目をまるくして笑った。

「あなたはずいぶんと勇敢な姫君だ」
「姫じゃないけど」
「ではなんです?」
「と……」

 盗賊、と言いかけて慌てて口をとざした。

「と、なんです?」
「ううん、なんでもない! それより、ほら! なにがあるか教えてよ! 名物、名物は!?」

 ルーカスの手を強く引き、私に注意を向かせる。ルーカスはなにか考えるように逡巡していたが、やがて、いつものようにおだやかに笑ってうなずいた。

「ローゼはなにが好きなのです?」
「私? 私はとくにないかな。町の雰囲気は好きだよ。でも私は、あまり町に行ったことないから」

 言ってしまってから、よけいなことを口にしたのに気づいた。そっとルーカスの顔色をうかがう。町で暮らしてないことに、気づかれただろうか。

「なぜ町に行ったことがないのです?」

 聞かれたくないことを、ルーカスはなんのためらいもなく尋ねてくる。
 どう言いつくろうべきかしばらく迷い、やがて私は、嘘でも本当でもないことを口にすることにした。

「ほら、私の髪と瞳って、目立つから。買い物とかは、他のひとがしてくれてたの」
「そうでしたか」

 それだけ言って、あっさり引き下がったルーカスの横顔を見つめた。

 ルーカスは、私のことをどこまで知っているのだろうか。城にフック付きのロープを使って忍びこみ、鍵あけをしようとしていたのは知っているだろう。
 もしかしたら、盗賊だとわかっているのかもしれない。
 盗賊といえば褒められたものではないし、なにより国にとっては厄介者だ。盗賊団の居場所がわかってしまえば、討伐隊を派遣する可能性もある。
 この男は、この国の王子なのだから。国のために動くのは当然と言えた。

 ルーカスの頭の中をのぞきたい一心で、整った横顔を凝視していると、ルーカスは突然私のほうを向き、かすかに赤い瞳を細める。

「なにを心配しているのか知りませんが、大丈夫ですよ。あなたがココにいるかぎり、私はなにも知りません」

 ルーカスの瞳の奥に、チラチラと燃える赤い炎を見たような気がして、息をのむ。私は慌てて赤い瞳から目を背け、小さくうなずいた。

 ルーカスは、私がこの城をぬけ出したらなにをするかわからないと、暗にそう言っているのだ。
 悔しいが、今の私がみんなのためにできることは、ここにとどまることだけだ。ルーカスを刺激しないようにし、目的を果たす。

 そのためには、この国の良さを理解し、国のためにと雨を願うことができるようにならなければならない。

 雨を呼ぶことができれば、私はきっと、みんなのもとへ帰れる。

「ひとまず昼食にしましょうか。お腹も空いたでしょう」
「そうだね……あっ!」

 いいことを思いついたと、パチンッと指を弾く。

「どうしました?」
「ごはん行くなら、私、行きたいところあるんだ!」

 笑顔でルーカスの手を強く引く。ルーカスの返事を聞かずに、私はルーカスの手をつかんだまま走りだした。

 十字に伸びている、王都で一番大きな通り。

 商人や住民、冒険家など、さまさまな人が行き交う通りを、私とルーカスは走りながら人々の隙間をすり抜けていく。

 私は盗賊だったこともあり、人混みをすり抜けるのは慣れているが、ルーカスも顔色ひとつ変えずについてきている。やはり、剣の達人というのも嘘ではないらしい。

「ローゼ、どこに行くのですか」
「いいから! いいところ知ってるの! ね、いいでしょ?」

 走りながらふり返ると、ルーカスはすこし苦笑いをしながらもうなずいた。

「フード、取れないようにしてくださいね」
「わかってるって!」

 やがて見えてきた大きく掲げられている看板。私はそれを指さす。

「あそこ!」
「酒場?」
「そう! 料理も出るよ」

 店の前で私とルーカスは足を止めた。ルーカスは看板を見あげ、やがて木製のすこし古びた両開きの扉へと視線を下げる。

「ローゼは、こちらのお店にいらしたことがあるのですか?」
「一回だけね。行こ」

 ルーカスが逃げないように強く手をにぎり、私は扉を押しあけた。

 扉をあけると同時に香る、お酒の匂いと香ばしい料理の匂い。それから、楽しそうな客の笑い声。
 ルーカスの手をつかんだまま、私はカウンター席に向かい、店の店主がいるど真ん中に腰かけた。ルーカスに視線だけで私の右を示すと、ルーカスはおとなしく私の右どなりに腰かける。

「おや、いらっしゃい。なににする?」
「どうも。ぶどうジュースはある?」
「ああ、あるよ。昨日採れたばかりだけどね。って……ん?」

 店主は言葉を止め、フードをかぶっている私の顔をのぞきこむように見つめた。

「ああ、まえに来たお嬢さんか」
「バレちゃった」

 ペロリと舌をだして肩をすくめる。

「はは、私は商売柄、人の顔を覚えるのが得意でね。それに、青い目は珍しいから、忘れようもない」

 たしかに髪は隠していたが、目は隠せていなかったかもしれない。すこし迂闊だったと反省しながら、となりのルーカスを見つめる。

「おや、今日は相棒がいるのかい?」
「うん。そう。すっごいイケメンだよ」
「ほぉ、そりゃあ、すこし失礼してもいいかな?」

 店主はルーカスに問いかけていたが、ルーカスが答えるより早く私はうなずく。

「どうぞどうぞ!」
「そうかい、それじゃあ」
「ローゼ」

 ルーカスのたしなめるような声が聞こえたが、それを無視して店主の行動を見守った。
 店主はルーカスの顔をのぞきこむと、ピタリと動きを止め、突然つぶらな瞳から大量の涙を放出させた。

「えっ、どうしたの!?」
「いやあ、なに、すまないねぇ。あまりにもカッコよくて、ははっ、涙が出てしまったよ」
「え、それだけ?」

 ハンカチで涙をふく店主を見あげた。
 この店の店主は、ルーカスを神が造った人だと言うくらい信仰していたはずだ。もっと騒ぎ立てるかと思っていたが、意外にも薄い反応に拍子ぬけだ。

「ローゼ。まったく、あなたという人は……」

 ルーカスの赤い瞳が細くなっていた。

「それより、ごはんでしょ、ごはん!」

 ルーカスをうながして、手元にあったメニューを見せる。

「本当に、あなたはなにをするのかわかりませんね。まあ、そこが面白いのですが」

 ルーカスは口もとに薄く笑みを浮かべて、私が手渡したメニューを見つめた。

「ああ、おじさん、私はオムライスね」

 店主に注文をすると、店主はこれでもかというほど目を見ひらいてルーカスを凝視していた。

「あのー、聞いてる?」

 声をかけると、店主はハッとした顔をして私のほうを向いた。

「ああ、すまない。なんだね?」

 どうやらまったく聞いていなかったらしい。

「だから、オムライス」
「ああ、オムライスね、オムライス。それよりお嬢さん」

 店主は声をひそめ、私に顔を近づけると小さく耳打ちをする。

「あれは、第二王子様であっているかい?」
「そうだよ。反応薄いから、気づいてないのかと思った」
「気づかないはずがないだろう。あの瞳だ」

 ルーカスの赤い目のことだろう。

 この国では、赤い瞳を持つ者に王位継承権があるということはやはり常識なようだ。
 アンドリューも、そういうことは教えておくべきだろう。おかげで、変な王子に粗相を働いて捕まるはめになってしまった。王子だと知っていたら、私だってもっと穏便にすませたはずだ。

 こみあげる苛立った気持ちを押さえ、気を取り直すように軽くかぶりをふり、両肘をカウンターに乗せながら店主に笑いかける。

「王子様が町の中にいるなんて、珍しいでしょ?」

 自慢したい気持ちで鼻が伸びていく。
 だが、店主はいともたやすく私の伸びた鼻をへし折った。

「いや、そうでもないよ」
「えっ、そうなの?」

 目から星がこぼれ落ちたような衝撃だ。
 ルーカスが町へ行くということは、誰にもバレていないのではなかったのか。なんだかルーカスの話と食い違っているような気がして、目をまたたく。

 店主はさらに声をひそめ、横目にルーカスを見つめた。

「ルーカス様は、よくお忍びで町に来られる。もちろん、住民たちはその赤い瞳ですぐにルーカス様だとわかるが、王子の行動を阻害しないという、暗黙のルールがあるのだよ」
「へ、へぇ……」

 そこまで行くと、変な宗教団体みたいだ。

 いったい、ルーカスのなにがそこまで民衆を惹きつけるのだろうか。

 店主は私の気持ちがわかったみたいに、軽くウィンクをして、私の耳元でささやく。

「この王都の治安がいいのは、ルーカス様のおかげなのだよ」
「え?」

 どういう意味か尋ねようとしたところで、となりのルーカスの声が割って入る。

「注文してもいいですか?」
「は、はい! ただいま!」

 店主は声を裏返しながら、ルーカスのそばに寄った。緊張しているのか、体がかすかにふるえている。なんだか面白くて、静かに笑いながら、目のまえにあった水を飲み干した。

 しばらくして出されたとろとろオムライスを頬ばり、ルーカスとこれからの行動を話しあう。

「今日は甘いものがラッキーアイテムだと、占いに出ておりました」
「また占い? それってサルタスの?」
「はい。出かける前に兄上に占っていただきました」

 オムライスをすくい上げ、ため息をつく。
 仲がいいのは大変喜ばしいことだとは思うが、大の男の趣味が占いということが、とても複雑な気分にさせる。

「サルタスの占いって、そんなに当たるの?」
「そうですねぇ、今のところ、百発百中でしょうか」
「え!? なにそれ、天才!?」

 趣味だと聞いていたから、そんなにあたるとは思っていなかった。予想外の的中率に目が点になる。

「兄上の占いは当たると、申したはずですが?」
「いや、でもさすがに百発百中なんて……占い師に転職したほうがいいんじゃない?」
「占いはあくまでも趣味なので、儲ける気はないそうですよ」

 そういうものなのだろうか。私なら、占って占って、ボロ儲けをする。そして、小さな子たちに新たな服を買ってあげるのだ。

「私も占い、やってみようかな」

 ポツリとつぶやくと、ルーカスが小さく吹きだした。

「……なに?」
「いえ、ローゼは単純ですね」

 クスクスと笑いつづけるルーカスを睨み、思いっきり顔を背ける。

「兄上の占いは、ある種の才能なので、ローゼには無理だと思いますよ」
「そんなの、やってみなくちゃわからないよ」
「そうですね、やってみる分には、自由ですから」

 投げやりなその言葉に口を尖らせた。
 私だって、才能があるとは思えないが、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。

「占いって毎日してるの?」
「いえ、気が向いたときとか、軍事のための意見を仰ぐときとかでしょうか」
「……軍事?」
「はい」

 ルーカスはほほ笑んでいるが、軍事を占いなんかで決めるのはどうなんだ。でも百発百中だから問題ないのかもしれない。

「えーと、じゃあ、最近当たった占いって、なに?」
「それなら、ローゼと出会ったときですよ」
「ああ、黒猫のぬいぐるみがラッキーアイテムってやつ?」
「たしかに黒猫のぬいぐるみは、ラッキーアイテムでした」
「そう?」

 ルーカスがあのぬいぐるみを持っていたのは、ほんのわずかな時間だったはずだ。なにせ、私がとっとと奪い返したのだから。
 すくったオムライスを口に入れたところで、ルーカスの赤い瞳が私の顔をのぞきこんできた。

「わかりませんか?」

 ごくりと飲みこみ、ルーカスの目を見つめかえす。

「なにが?」
「あのぬいぐるみを見つけたから、私はあなたと出逢えたんですよ」

 グッとルーカスの顔が近づいた。驚いてのけ反って、イスから落ちそうになったところを、伸びてきた力強い腕に支えられる。

「ローゼ、危ないですよ」
「だって、ルーカスが!」
「私がどうかしましたか?」
「……なんでもない」

 あんなに顔を近づけたら、普通は驚くはずだ。かすかな吐息が触れるくらい近かった。

 いまだに心臓が大きく脈うっている。

 私は胸に手を当てて心臓をなだめると、首をふって頭の中にあるルーカスの美しい顔をかき消した。

「それにしても、ローゼにこのような行きつけのお店があったとは、驚きました」

 そう言いながら、ルーカスはあらためて店のなかを見まわした。

「べつに、行きつけってほどじゃないよ。一回来ただけ」

 城に忍びこむ前に、情報収集のために立ち寄っただけだ。たいした情報は得られなかったし、わかったことといえば、この店の店主がルーカスを崇拝しているということだけだった。

「そうでしたか。たった一度でこれほど親しくできるとは、ローゼの才能でしょうね」
「え、親しいかな?」

 食べていた手を止めて、目の前の店主を見つめる。店主は、私のほうを見ようともせず、ルーカスを凝視していた。
 これのどこが親しいというのか。理解に苦しむ。
 だが、ルーカスはゆるく束ねられている金髪をフードの中でゆらし、眩しすぎる笑顔を浮かべる。

「嫉妬してしまうほどには、親しく見えましたよ」
「なっ、バカじゃないの!」

 ルーカスから思いっきり顔をそむけ、私はオムライスを乱暴に口の中へとかきこむ。

 ルーカスはいつだって、ほわほわとしたつかみ所のない笑顔を浮かべる。
 その口から紡がれる言葉が、本音なのかそうではないのか、まったくわからない男だ。いまのだって、どこまでが本心なのかわからない。

 私は胸の中でとぐろを巻く、正体不明のモヤモヤした灰色の気持ちを、水とともに胃の奥に押し流した。

 そして早々に食事終えた私は、のんびりと食事をとるルーカスを待ちながら店主と会話をし、ルーカスが食べ終えたのと同時に席を立つ。

「それじゃあ、ごちそうさま」
「ああ、またおいで」
「うん」

 お代をカウンターの上において、ルーカスを引っ張って店をでた。