第13話

 マリーを探して視線を飛ばすと、マリーは、盗賊頭、アンドリュー・レゼッタと張り合えるだろう素早さで私の前に姿をあらわした。

「ローゼリッタ様、いかがされました?」

 あの速さで服や髪がなにも乱れていないマリーに驚きつつ、私はいつものマリーの姿を見てすこし安心した。

「ううん、なんでもないの。ごはん取りに行きたいんだけど、ここって勝手に取っていいの?」

 軽く周囲を見渡し、テーブルの上に並べられている数々の料理を見つめる。
 貴族たちは皿を持って立ったまま食べているようだが、勝手に取っていいものなのか。パーティーなんて無縁だったから、さっぱりわからない。

「お料理でしたら私がお持ちいたしますわ。ローゼリッタ様は、さきほどのイスに座ってお待ちください」

 まさか、ルーカスととなりに並んでいるイスに座っていろと言われるとは思わなかった。
 私は力強く首をふって、マリーに拒否を訴える。

「自分で選びたいから、見ててもいい?」
「そうですか。わかりました。それでは行きましょうか」

 マリーはよく私の意をくんでくれる。気遣ってくれるし、私がアレをしたいコレをしたいと言えば、それが淑女にあるまじき行為だとしても、たいていのことは受け入れてくれる。
 この城にいるほかのメイドを見ていると、それはすこし特殊なのかもと思うようになった。だが、そんなマリーだからこそ、私はこんな孤独な城でもいつも通りでいられる。

 マリーのうしろを歩きながら、その背中に声をかけた。

「ねえ、マリー」
「なんでしょうか?」
「マリーを私の専属メイドにしたのって、だれ?」

 マリーはすこしだけふり返って、やさしくほほ笑む。

「ルーカス様でございます」
「そうなんだ」

 やはりあの男だったのかと思いながら、さりげなくその姿をさがす。

「私は、とある孤児院出身なのです」
「えっ」

 マリーの言葉に驚き、視線をマリーに向けた。

「私はまだ新参者のメイドなのです。ある日、ルーカス様が孤児院に来られ、城のメイドとして取り立てたいと申されたのです」

 知らなかったマリーの生い立ち。まさか、孤児院の生まれだったとは。

 そのとき私は気づいた。
 マリーは私と境遇が似ているのだ。だから、こんなにも安心できるのだろう。

「お城に仕えることができるなど、孤児院ではそうあることではありません。私は飛びつきました。ぜひ、私を取り立ててくださいと」
「そう」
「ルーカス様は申されました。これからやって来る女性の、専属メイドになってもらいたいと。城にいるような完ぺきなメイドは求めていない。彼女の心を癒せるような、温かみのある人を探していると」
「…………」
「そして、しばらくしてやって来たのが、ローゼリッタ様、あなたでした」

 マリーは私を見つめて、花のほころぶような笑顔を浮かべる。

「はじめ、ローゼリッタ様がメイドを取りやめたいと申されたときは、とても驚きました。ですが、しばらく話すうちに、この方は世話係を求めていないのだろうとも思いました」

 マリーははじめて出会ったときから変だった。私の心に踏みこんでくるような、とても近い距離にいた。

 マリーがいたから、私はこの城で暮らしていくことができた。

「私は、ルーカス様のおっしゃった意味がわかったのです。完ぺきなメイドは求めていないという、その意味が」
「……そう」
「ルーカス様は、ローゼリッタ様に、さみしい思いをさせたくなかったのだと思いますわ」

 マリーはそう言って、私の手をとって歩きだした。

 あの男は、いったいいつから、この城で私の居場所を作っていたのだろうか。私がこの城に来ると、いつからわかっていたのだろうか。

 頭脳明晰。
 町の酒場で聞いた言葉がふと思い返される。

 そういえば、ルーカスはぬいぐるみを盗ったはらいせに手配書をバラまいたわけではないと、そう言っていた。
 まさか、私をおびき寄せるために手配書をバラまいたのでは……ふとそう思って、そんなまさかと首をふる。

 そうだとしたら、私はまんまとルーカスの罠にかかったということになる。手配書に逆上し、王都までひとりで来てしまったのだから。

「ローゼリッタ様、なにがよろしいですか?」

 マリーに声をかけられて、私は大量に並べられている料理を見つめた。マリーはそばにあった白いお皿を手にとり、私をうながすように見つめてくる。
 いい香りのする料理に近づき、右へ左へと目玉を動かして、簡単に物色する。

「やっぱり肉? おいしそう」
「ローゼリッタ様はお肉がお好きですねぇ」
「強い体をつくるもとだからね」

 マリーが私の示したお肉を取ってくれた。
 そして、マリーと会話をしながらひととおり料理を見てまわったところで、カツンと、かかとと地面がぶつかり合う音が響いた。
 目を向けると、そこには濃い茶色の髪をまとめあげ、赤いドレスを身にまとう女性がいた。

「まあ、メイドと料理をとるなんて、信じられませんわ」

 大げさに驚いた素振りをしながら、その女性はそう言った。

「ローゼリッタ様」

 マリーが心配そうに私に声をかけてくる。

「この方、私でも知っております。この国の有力貴族のひとり娘、サラ・エステード様ですわ」
「へぇ、そうなんだ」

 有力貴族ということは、金持ちということだろうか。身につけている物は、すべて一級品に見える。ドレスの質は高級品だろうし、宝石も本物だ。

「あなた、どうやってルーカス様に取りいったのかしら?」
「はい?」
「この目立つ青い髪?」

 目の前の女、サラは私の髪を手にとり、挑戦的に目を細めた。

「曲の途中でダンスを止めるなど、ルーカス様に恥をかかせて、こんな女のどこがいいのかしら?」
「えっ」

 私は驚いて、視線を会場の端から端へと飛ばした。

 たしかに曲の途中でダンスを投げだすのは、失礼だったかもしれない。そこまで気がまわらなかったが、ルーカスにとってアレは恥となる行為だったのか。

「それで、どうやって取り入ったのかしら?」
「取り入る? さぁ。よくわからないけど、ルーカスに聞いたほうがいいと思う」
「まあ、あなたルーカス様を呼び捨てにするなんて、なんて品性のない方なのかしら」

 そういえば、呼び捨てはダメだとキツく言われていたのを忘れていた。
 慌てて口をとじたが、遅かったようだ。サラは目をつりあげて私を見つめてくる。

「信じられませんわ。あなたが大切なひとだなんて、なにかの間違いではなくて?」

 つめ寄ってくるサラから距離をとろうと一歩うしろに下がったところで、サラと私の間に大きな体が滑りこんできた。

「間違いではありませんよ」

 サラリと、黄金にかがやく髪がゆれる。

「あなたは、エステード家の娘ですね。私の言葉が信じられませんか?」

 ルーカスの肩ごしに見えたサラは、サッと顔を青ざめさせ、わずかに身を引いていた。

「いえ。ルーカス様の言葉を疑うなんて、そんな……」
「そうですか。それは安心しました。私の『大切なひと』に手をだしたとなると、謀反と思われても仕方のない行いですからねぇ」

 私は直感した。この男は今、おだやかな笑顔で相手を威圧している。

「あなたのお家を、とり壊す必要があるかと思ってしまいましたよ」
「そ、そんなっ、私はただ、お話ししていただけですわ。では、私はこれで失礼させていただきますわ」

 早口にそう告げ、サラは去っていった。あっけにとられながら、サラの細い背中を見送った。

 これが、この国の次期国王となる男、ルーカス・キング・フォードの力なのだろう。
 ルーカスの言葉はただの脅しだろうが、実行に移せるだけの権力がある。ルーカスの前では有力貴族たちの権威は地に落ちたも同然だ。

「ローゼ、大丈夫でしたか?」
「え、なにが?」

 いったい、なにが大丈夫なのかわからない。
 目をまたたいてルーカスを見つめると、ルーカスは小さく吹きだしてゆるく首をふった。

「……いえ、なんでもありませんよ。それより食事でしたね。なにか良さそうなものはありましたか?」
「うん。ほら、マリーが持ってるやつ」

 マリーの手もとを指さして、取ったばかりの料理を見せる。

「ほかにもおいしそうなのがあって、目移りしちゃう」
「好きなだけ召しあがってかまいませんよ」
「ありがとう」

 お礼を言いつつ、マリーとイスに向かおうと歩きだしたところで、となりを歩いていたルーカスを見あげた。

「あ、そうだ。さっき、曲の途中でダンスを止めて、ごめん」

 小さく謝罪を口にすると、ルーカスは目をまるくした。

「さっきの人が、失礼な行為だって教えてくれた。だから、ごめん」

 そう口にして、ルーカスからふいと顔をそむけた。クスリと笑う音が聞こえ、ルーカスの手が私の髪に伸びる。そのままくるりと指先に私の髪を巻きつけた。

「あなたは、本当にかわいらしいひとですね」
「はい?」

 ふたたびルーカスに視線を向けると、ルーカスは赤い瞳をやわらげ、やさしい目で私を見つめていた。

「大丈夫、気にしていませんよ。すこし驚きましたが」
「……ごめん」

 気にしていないということは、やはり曲の途中でダンスを止めるのはいいことではなかったということだ。
 小さく息を吐きだし、私は数段の階段をのぼり、豪華なイスに腰かけた。

 それから踊るのにも飽きた私は、ただぼんやりときらびやかな貴族たちを見おろした。
 とにかく暇だ。暇で暇で、あくびが出てしまうほどだ。

「ローゼ、眠いのですか?」
「うん。飽きちゃった。もう帰ってもいい?」

 言いながら、入ってきた扉を示すと、ルーカスは苦笑いをした。

「しかたのない人ですね。では、そろそろお開きにしましょうか」

 意外にもあっさりと許しが出て拍子抜けした。

 お披露目パーティーという名の晒し者会が終わると同時に、私は早々に部屋へと引きかえした。
 湯浴みをし、顔にほどこされていた化粧を落とす。そして、窮屈なドレスも靴も脱ぎすてて、ようやくベッドに横たわることができた。

「ローゼリッタ様、お疲れさまでした」

 マリーがそう言って私の体に布団をかけてくれる。私はごろりと横を向いて、マリーを見つめた。

「マリーも疲れたでしょ? もういいから寝て?」
「ありがとうございます。それと、ルーカス様から言づけがありまして」
「なに?」
「明後日町に向かうそうなので、明日は体をやすめておくようにとのことです」
「ああ、そう。わかった。じゃあ、おやすみ、マリー」
「はい、おやすみなさいませ。ローゼリッタ様」

 場違いな空気に疲労困ぱいだ。私はマリーに適当に返事をかえし、そのまま目をとじた。