第12話

 城の中を探検した日から翌日、ふたたび私のレッスンは再開された。
 時間がないからとスパルタ教育がほどこされた。おかげで私は、しぼりたての雑巾のようにしわくちゃだ。

 そして、約一週間という、短い期間のダンスとマナーのレッスンは終わりを告げ、ついにお披露目パーティーの日を迎える。

「ローゼ、今日は私のパートナーとしてそばにいるのですよ」
「わ、わかった」
「そんなに緊張せずとも、なにかあれば私がフォローいたします」

 おだやかにほほ笑んだルーカスにうなずき、私は頭の中でダンスのフリを思いだす。右へ、左へ、くるりと回る。そのくらいだ。きっと、問題なく終わるだろう。

「それでは、準備ができたら、また迎えにきます」
「え? あ、うん」

 よくわからずに適当にうなずくと、ルーカスはうやうやしく私の手の甲に唇を落として、部屋を出ていった。
 そして、入れかわるようにして、マリー、その他のメイドが、手にこれでもかというほどのドレスや装飾品を持って部屋に入ってくる。

「ローゼリッタ様、お召しかえでございます」
「え、待ってよ。それ全部?」
「はい。けっきょく、どれがいいか決められませんでしたので、当日の雰囲気で決めることにいたしました」
「けっこう適当だね」

 胸を張るマリーに苦笑いを返し、私は大きな鏡のまえに移動する。すぐに左右、さらには前やうしろから手が伸びてきて、身につけていた衣服がはぎ取られた。

 今はだいぶ慣れたのでいいが、はじめはなにが起きたのかと、軽くパニックを起こしかけた。いくつもの手が伸び、私のものを奪っていくのだ。
 それは、本職の盗賊もびっくりするほどの素早さだ。彼女たちはきっと、盗賊になったらその手先の器用さを思うぞんぶん発揮するだろう。

 マリーはなにがいいか決まらないと言っていたが、ドレスのみは決まっていたようで、純白の輝くような美しさをもつ繊細なドレスを私に着せた。まるでどこかの花嫁衣装のようだ。
 まさかこんなものを身につける日がくるなんて、平穏に盗賊生活をしていたころの私には、きっと想像もできないだろう。

「はぁ……ローゼリッタ様、お美しいですわ。その青い髪に、白はよく似合います」
「そう、ありがとう」

 マリーの賛辞の声を適当に聞きながす。
 正直に言えば、ドレスの色なんてどれでもいい。とにかく、なんの問題もなくこのパーティーとやらが終わってくれれば、私はそれでいいのだ。

 首や耳、腕に宝石のついた装飾品がつけられる。売ったらいくらになるだろうか。

 やがて、長い時間をかけ、ようやく準備が完了する。まだパーティーははじまってもいないというのに、疲労はズシリと体にのしかかる。

「ローゼリッタ様!」

 マリーが私の前にひざまずいた。

「えっ、どうしたの?」
「そのお美しさ、マリーは感動で前が見えません!」
「あー、うん、ありがとう。じゃあ行こうか」
「はぅ、その適当さも、私は愛おしく思います!」

 最近のマリーは、なんだか変だ。いや、マリーははじめて会ったときから変だったが、最近はそれに拍車がかかっているような気がする。

 マリーをうながし部屋をでると、扉の前の壁に背を預けているルーカスと目があった。
 なぜここにいるのかとか、まさか部屋をでてからずっと待っていたのではないだろうかとか、さまざまな言葉が頭をよぎったが、すべて呑みこみ、ドレスの端をつかんで、習ったばかりの淑女の礼をする。

「ルーカス……様、どうぞよろしく」

 呼びすてはダメだと、マナーの先生にきつく言われた。そうは言っても、私はもともとマナーなんて必要のないところにいたのだ。付け焼き刃がはがれ落ちても、だれも私のことを責められるはずがない。

「ローゼ、今日のあなたは、いちだんと美しいですね」
「それはどうも」

 空気に砂糖がふくまれているかのような、甘ったるい雰囲気がながれる。
 ルーカスの顔は、いつものほほ笑みよりもやわらかだ。

「お手をどうぞ。ローゼリッタ」
「ありがとう」

 差し出された手のひらに、ゆっくりと手を重ねた。

 今日は、一日ルーカスが私のエスコートとして付き添ってくれることになっている。
 ダンスも基本的にルーカスだけと踊ればいいと、ルーカス本人に言われた。どうしても断れないようなときは、第一王子サルタスが助太刀に入ることになっているらしい。

 ルーカスとサルタスは、町で聞いた噂のとおり、仲は悪くない。それどころか、とても仲がいいようだ。

 サルタスはかわいいものや美しいものが好きで、それは実の弟ルーカスにも当てはまるらしい。
 生まれたばかりのルーカスを見たときに、サルタスはかわいいものの素晴らしさに目覚めたと言っていた。
 だから、目にいれても痛くないほどかわいい弟と仲が悪いなど、ほんのすこしでも考えていた私が馬鹿だったのだ。

「貴族というのは、いい者ばかりではありません。くれぐれも気をつけてくださいね」
「適当に踊って静かにしてるよ」
「はい、ぜひともそうしてください」

 ルーカスの手に引かれながら、私はゆっくりと歩きだす。うしろからは、マリーが満面の笑みでついてきていた。

 今日のルーカスは、まるで私と合わせたかのような白い服を着ていた。まさに王子の名にふさわしい服だ。
 首もとまでぴっちりと覆われている。胸に刻まれているのは、この国ファイミリア王国の紋様だ。

 ルーカスは長めの金髪をいつものようにサイドでゆるく束ね、それを肩からたらしている。
 瞳は燃えるような赤で、やわらかさと勇ましさをあわせ持つ、不思議な出でたちだ。

「ローゼ、この扉をくぐり抜けたら会場ですよ」

 ルーカスの声で、私は視線を前に向ける。両開きの真っ白の扉があった。いったいどういう構造になっているのか、把握しそびれてしまった。

「人は大勢いますが、彼らはみんな避けますので、まっすぐに敷かれた赤い絨毯の上を歩いてください。そして、階段の上にある椅子の上に座るのです」
「わかった」

 ルーカスの説明にうなずと、両開きの扉がゆっくりとひらかれた。中の視線が、いっせいに突き刺さる。身体中に針が刺さっているかのようだ。

 好奇の視線、値踏みするような視線、嫌悪の視線、向けられるものはさまざまだ。
 とにかく私は、ルーカスの機嫌を損ねないよう、このパーティーをうまく切りぬけなくてはならない。

 私にとって、このパーティーはただの通過点でしかなく、本来の目的は、アンドリューたち、盗賊団のみんなのもとへ帰ることなのだ。

 浴びる視線をはね返すつもりで胸を張り、ルーカスのエスコートで赤い絨毯の上を歩いた。そして、前に見えるイスを目にして、眉をひそめる。

 おかしい。

 私はただの客人として紹介されるはずだ。だがなんだ。あの、二つ揃えられて置かれているイスは。
 パーティーなんて見たこともないので深く考えていなかったが、こんなに大規模なものなのだろうか。

 背筋が粟立つような、悪寒がした。

「待って、ルーカス!」
「どうしたのです、ローゼ。いいから行きますよ」

 腰に手が回され、無理やり歩かされる。

「これ、本当にただ紹介するだけ?」

 小声で囁くと、ルーカスはほほ笑みを浮かべてうなずいた。

「もちろんですよ。私は、あなたを『大切なひと』として紹介するだけです。それを、彼らがどう受け取るかは、自由ですよ」
「なっ……」

 絶句した。
 なんという打算的な男だと思うのと同時に、私はとんでもない階段を登ろうてしているのではないかと気づいた。

「あなた、騙したのね!?」
「人聞きが悪いですよ。貴族がよそ者に厳しいのは事実です。私の大切なひととして紹介すれば、表立って悪事をはたらく者はいません。そのような者は、国から厳重処罰が下されますので」

 私は足を止めることもできないまま、階段を上がり、王族が腰かけるような豪華な椅子に座っていた。

 逃げ場など、どこにもない。

 たしかにルーカスの言い方は、とても便利だ。どうとでもとれる、うまい言葉を選んでいる。
 すこし前から思っていたが、ルーカスは異常に口がうまい。話すのも上手だし、なによりもそのおだやかな雰囲気のせいか、気づけば部屋から追いだすことも忘れ、会話をしていることが多々ある。

 今回のお披露目パーティーで、ルーカスの言葉に惑わされる者が大勢出ることなど、簡単に予測できた。

「私、あなたの婚約者とかと勘違いされたら、嫌だ」
「おや、私はかまいませんよ」

 やわらかなほほ笑みに目を見ひらいた。

「あなた、妃は娶らないんじゃなかったの?」
「とくに考えていませんでしたが、ローゼとならいいかもしれません」
「……私は、好きな人じゃないと嫌」

 ふいと顔をそむけた。
 ルーカスはすこし首をかしげて、小さく肩をすくめる。

「それは残念です」

 まったく残念と思っていないような顔でそう言い、ルーカスは目の前にいる貴族たちに私を『大切なひと』だと紹介した。
 案の定、ざわめきが煙のような速さで広がり、私に視線が向けられる。

 何者なのか、どこの家の者なのか、聞こえるのはそんな声ばかりだ。
 あいにくと、私は盗賊で、家はアンドリュー・レゼッタ、つまりはレゼッタ家の子だ。家族は多い。30人はいる。

 止まらない囁きが耳障りで、私は一度、目下の貴族たちを見つめ、反抗的にツイと顔をそむけた。もちろん、親しくする気なんて欠片もないという意思表示だ。
 すぐに爆発的なざわめきが広がっていく。
 きっと、私に対する不満の声だろう。

「ローゼ、あまり挑発をしないでください。頭の硬い者も多いのですよ」
「そんなの知らない。私には関係ない」
「困ったひとだ」

 ルーカスはそう言いながらも、口もとが楽しそうにゆるんでいた。この状況を一番楽しんでいるのは、この男ではないかと思うほどだ。
 逆に、すこし離れたところにいる第一王子サルタスは、気遣わしげな視線を向けてきていた。
 この兄弟は、顔と中身を間違えてしまったらしい。

 やがて、貴族たちのざわめきを一掃するように、心地いい音楽が流れだした。となりに座っていたルーカスが立ちあがり、私のもとでひざまずく。

「ローゼリッタ。私と、踊っていただけますか?」

 ここで蹴りとばしたらどうなるのだろうか。ふとそんなことを思ったけれど、実行に移すのは控え、私はルーカスの手に自分の手を重ねた。

「よろこんで」

 私は心の中の声と真逆なことを口にした。そして、ルーカスの誘導で階段を下り、ダンスを踊るための広場へとやってくる。ルーカスの手が私の腰にまわり、力強く引き寄せられる。

「ちょっと、近い」

 小声で文句を言ったが、ルーカスはただほほ笑んだだけだった。

「ローゼ、ほら、音楽を聞いてください」

 ルーカスの言葉のとおり、私は音楽に集中する。たったの一週間で覚えたいびつなステップも、ルーカスのおかげで、とてもマシなダンスに見えているだろう。

「上手ですよ、ローゼリッタ」
「私、ダンスはけっこう好きみたい」
「そうですか。それでは、しばらく踊っていましょうか」

 私は笑顔でうなずいて承諾した。
 私たちのほかにダンスを踊る者はいないようで、私とルーカスは、ホールのどまん中を陣取って、ひたすら踊りつづけた。
 さきほどの苛立ちも、体を動かしたらすこしずつ小さくなっていき、やがて消え去っていく。

 踊るのに合わせて小さく音楽を口ずさんでいると、ルーカスの赤い瞳が、フッとやわらいだ。至近距離で目があい、心臓が飛びあがる。

「あなたが楽しそうだと、私もなんだか楽しくなります」
「へ、へぇ」

 心臓の鼓動を悟られないように、私はルーカスの赤い瞳から視線をそらした。

「ローゼ、よそ見はよくありませんよ。ほら、こちらを向いてください」

 囁くような声で注意される。そうは言っても、心臓がやけにうるさいのだ。

 ルーカスはたまに、いつものほほ笑みとは違う、心から笑っているかのような笑みを浮かべる。それが、どうにも私の心をかき乱す。

「ローゼリッタ」

 ルーカスの顔が寄せられ、耳もとで響くやさしい低い声。びくりと体がはねて、息をのんだ。

「あ、わ、私、もうダンスはいい! お腹すいたから! 料理とってくる!」

 曲の途中で、パッと手を離して、ルーカスから距離をとった。

 ルーカスは一瞬おどろいた顔をしたが、すぐにいつものようなおだやかなほほ笑みを浮かべる。

「では、私もご一緒しましょう」
「いい! マリーと行くから! ついてこないでよね!」

 力いっぱい首をふって、そのままルーカスに背を向け駆けだした。