第11話

 ダンスにマナー、この三日間、私は慣れないことの連続で疲労しきっていた。

「ローゼリッタ様、つぎはマナーのレッスンですわ」

 マリーにそう声をかけられて、私は食事を終えたばかりのテーブルにぐでっと寝そべった。

「またマナー? もうマナーとかいいよ。どうせ必要になることなんてないし」
「まあ、そんなことございませんわ。きっと将来、ローゼリッタ様の役に立つと思います」
「そんなことないと思うけど」

 私はアンドリューたちのもとに帰るのだ。盗賊生活にマナーが必要になることなんて、あるはずがない。

「ねえ、そんなことよりさ。すこし遊びに行かない?」

 私は体を起こし、窓の外を指さす。
 マリーは一度窓を見つめ、考えるように難しい顔をしてからダメだと首をふった。

「そう。じゃあいいや。ひとりで行ってくる」

 立ちあがって窓へと向かって歩きだすと、マリーが慌てたように私の前に立ちふさがった。大きく両手を広げ、必死の形相で見つめてくる。

「お待ちください! それでしたら、ルーカス様に今日のレッスンの中止を進言してきますわ」
「またルーカス?」

 なにをするにもルーカス、ルーカス、ルーカスで、はっきり言って窮屈でしたかたがない。鎖でがんじがらめにされているくらい窮屈だ。

「ローゼリッタ様のレッスンをお決めにられたのはルーカス様ですので……マリーは、必ずやおヒマをとって参ります! だから、どうか、どうか! ここでお待ちくださいませ!」

 ずいっとマリーの顔が近づいた。反射的に身を引く。

「わ、わかったよ。ここで待ってる」

 マリーの迫力がすごすぎてそう言うしかなかった。
 私がうなずくと、マリーはパッと顔を輝かせ、一礼する。

「すぐにもどって参りますわ」

 そう言って、マリーは部屋を出ていった。

 マリーはヒマをとってくると言ったが、あのルーカスが簡単に許可を出すとは思えない。私は悩んだ。マリーを待たずに置き手紙を残してひとり探検に行くか。
 しかし、マリーの顔は、あまりにも必死だった。それはもう、驚くほど。しかたなく、ひとりで外に行くのは却下にして、この城に持ってきた荷物を漁った。

 私と一緒にこの城にきた荷物は、とてもすくない。
 愛用のロープ、針金、ナイフ、くさびに羅針盤。そのくらいだ。盗賊は身軽さが売りなため、あまり多くても邪魔になる。

 一応、針金とナイフと羅針盤を懐に忍ばせる。ドレスには隠せるところがあまりないのが不便だ。しかたなく胸の間にかくす。
 ほかに持って行くものはと荷物を確認していると、控えめなノックが響いた。

「ローゼリッタ様、マリーでございます」
「ああ、おかえりマリー。入っていいよ」

 言いながら荷物から手を離して立ちあがる。
 扉をあけたマリーは、その手にじゃらじゃらとたくさんの鍵を持っていた。

「なにそれ?」
「おヒマをいただくことはできました。ですが、外には行かないようにと、仰せつかっております」

 マリーはへにょりと眉をさげ、すこし潤んだ瞳で私を見た。主人に叱られる子犬のようだ。

「代わりにお城の中ならば見てもいい、と」

 だからその鍵か。意地でも外には行くなということだろう。
 横暴なルーカスに腹がたつ。だが、マリーに罪はない。それよりもヒマをもぎ取ってきただけ、マリーはとても優秀である。

「わかった。まあ、お城なんてあまり見る機会ないしね。ちょっとした冒険気分にはなるかな」

 ぐるりと肩をまわして扉のほうへ向かう。

「ルーカス相手とか大変だったでしょ?」
「そんな、とんでもございません。ルーカス様はとてもすばらしいお方です」
「そう? まあなんでもいいけど。ありがとね、マリー」

 ポンとマリーの肩に手をおいて、扉をあけた。
 そして扉をあけたままマリーが出てくるのを待つが、なかなかマリーが動かない。

「マリー?」
「ローゼリッタさまぁ」

 ズビッと鼻をすする音が響いた。ギョッとマリーを見つめる。ゆっくりとふり返ったマリーの顔は、鼻水と涙でぐしょぐしょだった。

「ちょっと、マリー! 汚い!」
「ぅ、うっ、も、申しわけございません」

 まずい、マリーの涙を拭うものをなに持ってない。持ってるのはナイフと針金と羅針盤だ。

「えーと、なにかふくもの……あ、このドレス千切ってもいい?」

 言いながらドレスに手をかけると、マリーが泣きながら突撃してきた。

「わっ!」
「おやめくださいっ、ローゼリッタさまぁ!」
「わ、わかった、わかったから!」

 ドレスから手を離すと、マリーはメイド服のポケットからちり紙を取りだした。どうやら自分で持っていたらしい。
 チーンと盛大な音を響かせて鼻をかんだマリーは、ふぅと一息ついて私を見つめた。

「それではローゼリッタ様、行ってみたい場所はおありですか?」
「外はダメなんでしょ?」
「はい。申しわけございません」

 マリーはまた泣きそうに瞳を潤ませた。

「ああ、いいのいいの。マリーが悪いわけじゃないから。全部ルーカスのせいだからね。それより、適当にお城の中案内してよ。まだ行ったことないところもたくさんあるし」

 そう言って廊下を指さすと、マリーは笑顔でうなずいた。

「微力ながら、マリー、お供させていただきます!」

 マリーの案内で城の中を見てまわる。
 盗賊がこんなに堂々とお城の中を歩けるなんて、またとない機会だ。せっかくだし、内部の構造を把握しておきたい。もしかしたらなにかに使えるかもしれない。
 たとえばそう、脅しとか。

「ローゼリッタ様、ここが応接室ですわ」

 マリーがあけてくれた一室は、金と赤が目に痛い部屋だった。やわらかなソファーの布地は赤く、縁は金色だ。まるでルーカスみたいだ。
 ルーカスを連想させるその色を忌々しく睨んだ。

「ローゼリッタ様どうされました?」
「ルーカスみたいな色だなって思って」
「たしかにそうですね。代々の王が赤い瞳を持っていたからでしょうか」

 小首をかしげるマリーをおいて部屋の中に入る。ぐるりとあたりを見まわした。
 テーブル、ソファー、高そうな絵やらツボやら、この部屋だけでウン千万ラットはしそうだ。

「この部屋って、なにに使うの?」
「応接室なので、人を待たせるお部屋と言ったところでしょうか。ですが、この部屋が使われているのはあまり見たことがありませんわ」
「ふーん」

 あまり使われない部屋。なんのために存在しているんだかさっぱりだ。王族というのは無駄なものが好きなのかもしれない。

 ぐるりとあちこちものを動かしてみて、ふと暖炉が目についた。
 あまり使われないというその言葉の通り、薪をくべられた跡がない。きれいに掃除をされていると言えばそうなのだが、なんだかこう、腹の奥がムズムズする。

「ローゼリッタ様?」

 マリーが不審そうな声をあげた。
 私は暖炉の中に首をつっこむ。汚れはない。変なところも。気のせいか……。
 そう思って身を引こうとして、暖炉の天井が目についた。一ヶ所だけ、不自然に壁が歪んでいる。

「ねえ、マリー」
「はい、なんでしょう」
「ここって、一階だっけ?」
「はい。ちょうどここは、裏手の庭園の近くですわ。ローゼリッタ様がサルタス様と見たあの庭園です」

 あそこか。つまりここは、城の裏手につながっている。

「ローゼリッタ様? どうかされました?」
「ううん。なんでもない。豪華な暖炉だなって思っただけ」

 暖炉から離れ、マリーを見つめる。

「ほかのところ行こっか」
「もうここはよろしいのですか?」
「うん。とくに見るものもないしね」
「それでは、ロビーはどうでしょう? 天井が吹き抜けになっていて、とても綺麗なところですわ」
「いいね! そこ行こう!」

 笑顔でうなずいて部屋をでた。
 だだっ広い廊下を歩きながら、さっきの部屋を思いだす。あの暖炉。間違いない。隠し扉がある。いったいなんのためにそんなものを作ったのか。避難通路と言ったところだろうか。

「ローゼリッタ様、ここがロビーですわ」

 マリーの声に顔をあげる。

「わぁ! すごい!」

 マリーが言っていたとおり、天井が吹き抜けている。そして、一番上の天井には、赤、青、金、緑の色ガラスがはめ込まれていた。壁から天井にかけて、なんだかわからない壁画が描かれている。とても重厚な雰囲気だ。

「ずいぶんと手がこんでいるんだね」
「そうですねぇ、私もこの場所に来ると、いつも見惚れてしまいますわ」

 たしかに見惚れるのもわかる。さすが一国の城だ。

「……ん?」
「どうされました?」
「あの色ガラスの壁画、見たことあるデザインのような……」

 遠すぎてよく見えない。だけど眼を凝らすと、私とルーカスが持っていたネックレスのデザインに似ている気がする。
 赤、青、金、緑の丸い色ガラスの下に、台座が描かれているように見えるのだ。

「ローゼリッタ様はとても目がいいのですねぇ」
「そう?」
「はい。私には細くて見えませんわ」
「そうなんだ」

 たしかに目はいいかもしれない。それは盗賊生活で遠くを見ることが多かったからだと思う。

「ほかのところも見てみますか?」
「そうだね。というより、このお城どのくらい広いの?」

 私が今まで行き来していたところは、このお城の中ではとても狭い空間だったようだ。
 私の部屋、ルーカスの部屋、ダンスレッスン室、お風呂にトイレ。そのくらいだ。このロビーに来るまでにだいぶ歩いた気がする。

「そうですねぇ、客室が四百と、大浴場が三十、お手洗いが……」
「ちょっと待って、マリー」
「どうされました?」
「客室が、なんだって?」
「四百でございます」

……四百!?
 四百って、四百? いくらなんでも多すぎる。いや、一国の主ともなると、そのくらいふつうなのかもしれない。想像もつかない生活だ。客室が四百だなんて。

「客室ってことは、ほかにも部屋はあるんだよね?」
「はい。すべての部屋を含めたら、ザッと六百くらいはあるのではないでしょうか」
「六百!?」

 広すぎる。たしかに巨大すぎるぐらい巨大な城だったが、規模が違いすぎる。王族の考えることはわからない。

「えーと、このお城の中を全部歩くとなると……」

 マリーは苦笑いをした。

「一日では難しいかもしれませんわ。メイドも、確実持ち場が分けられているくらいですので」
「そ、そうなんだ」

 とんでもない城である。

「マリーのオススメの場所とかないの?」
「私ですか? そうですねぇ、私はよく書庫に行きますわ」
「書庫?」
「はい。恥ずかしながら私はまだ未熟者ですので、勉強しているのです」

 マリーはそう言って照れくさそうに笑った。

「勉強って、なんの?」
「この国や、お城、あとは近隣諸国についてですわ」
「ふーん」

 マリーはとても真面目だ。国や城について学んだからといって、なんの役に立つのか私にはさっぱりだ。

「そういうの勉強して、楽しい?」
「はいっ。マリーはもっとたくさんのことが学びたいのです。ローゼリッタ様のお役に立つために」

 一瞬面食らってマリーを見つめた。マリーは花のように可憐にほほ笑んで、すこし小首をかしげる。
 マリーの純粋さはあまりにも眩しくて、すこし居心地悪く感じるときもあるけれど、でも、胸の奥があたたかくなる気がする。

「じゃあ、その書庫、だっけ。そこ行こうか」
「いいのですか?」
「うん。なんか私も、久しぶりに本が読みたくなった」

 マリーはうれしそうに、満面の笑みを浮かべた。
 マリーの笑顔を見るのは好きだ。かわいくて、純粋さであふれていて、なんだか言うことを聞いてあげたくなる。

 マリーの先導で廊下を歩き、私たちはお城の中にある巨大な書庫にやってきた。
 重々しい扉をあけて、おどろく。

「うわぁ、すごいね」

 壁一面に本棚が並んでいる。本棚には隙間なくびっしりと本か埋められていて、さらには二階と三階が吹き抜けになっていた。この場所だけで、きっと何千という数の本があるのだろう。

「ローゼリッタ様はなにか読みたいものとかありますか?」
「読みたいもの……」

 あまり好んで本を読んだ経験はない。あるとすれば、下の子たちに絵本を読み聞かせるくらいだ。
 だが、今知りたいことがあるとすれば、それは……。

「すこし別行動しない? マリーも自由に勉強していいからさ」
「ですが……」
「いいのいいの。マリーも自由にしててくれたほうが、私もリラックスできるから。ね?」

 マリーはしぶしぶながらうなずいた。

「じゃあ、適当に本見てるから」

 ヒラリと手をふってさっさと歩きだす。
 さて、水の巫女とやらに関する本はどこにあるのだろうか。たしか、ルーカスは古い文献とか言っていた気がする。ということは、おそらく古い本だろう。
 一度ぐるりと周囲を見つめる。
 本が多すぎる。果たして見つけることなんてできるのだろうか。

 とりあえず手近な本棚を眺めた。背表紙に書かれている文字は小難しいものが多い。
 まずい、眠くなってくる。
 ふぁ、と大きなあくびをしたところで、背後に気配を感じた。

「ローゼ?」

 甘ったるいまとわりつくような声に、ギクリと体がこわばった。この声は……。

「る、ルーカス」

 おそるおそるふりかえると、そこには赤い瞳で私を見つめてくる男がいた。

「どうされたのです? こんなところで。今日は勉強は嫌なのでしょう?」
「あー、うん。ちょっとね」

 適当に言葉をにごす。
 やってきたのはマリーに感化されたからなのだが、水の巫女について調べようとしていたと知られるのはなんだか気まずかった。
 私は水の巫女なんて知らないと言い張っているわけで、それなのに調べているなど、水の巫女と認めたようなものだ。

「ルーカスこそ、なにしてるの?」
「手が空きましたので、水の巫女や近隣諸国について少々調べものをしようかと」
「へ、へぇ〜」

 てことは、ルーカスについていけば水の巫女について書かれている本がわかるかもしれない。
 ルーカスは手を伸ばし、私の背後にある本棚から一冊の本を抜きとった。

「それ、なんの本?」
「これは天候の記録ですね」
「へぇ」

 天候の記録……晴れとか雨とか書いてあるということだろうか。なんだそれは。とてもつまらない。

「ローゼも一緒にどうです?」
「えっ、いいの?」

 願ってもない提案だ。私は即座に飛びついた。

「あちらにテーブルがありますので、そちらに参りましょう」
「うん、わかった!」

 先を行くルーカスにつづく。奥にあった広々としたテーブルには、すでに何冊かの本がおかれていた。

「ローゼ、こちらにどうぞ」
「ありがとう」

 ルーカスが引いてくれたイスに腰かける。そしてすぐにテーブルにおかれている本を見つめた。
 この本が水の巫女に関する本なのだろうか。
 ルーカスが私のとなりのイスに腰かけたのを見て、適当に本に手を伸ばす。
 その本は、地形に関する本だった。
 はっきり言って、つまらない。が、もしかしたら帰ったときに役に立つかもしれない。
 私は本のページを捲った。

「地形に興味があるのです?」
「そういうわけじゃないけど、なんとなく」

 パラパラと本を捲る。本にはこの大陸について書かれていた。
 私たち盗賊団のアジトは、南の国、グランシード王国には近いが、ほかの国は遠い。風のうわさで耳にするくらいだ。
 とくに北の国、シルバートリュゼなんて、国の名くらいしか聞いたことがない。

「こうしてみると、やっぱり世界は広いね」

 じーっと大陸の形が描かれているページを見つめる。となりからクスリと小さく笑う声が聞こえた。

「なに?」
「いえ。かわいらしいなと思いまして」
「なにそれ。馬鹿にしてる?」
「いいえ。ローゼは他国が気になるのですか?」

 ルーカスは自分が読んでいた本をとじて、私の本をのぞきこんできた。必然と体が近づき、すこしだけよける。

「気になるというか、あまりほかの国とか行ったことないから」
「そうですか。なかなかいいところですよ。それぞれ違いがありまして、どこへ行っても楽しめます」
「そうなんだ」

 ふたたび本に視線を落とす。

「あれ。この国……」
「どうされました?」
「ううん。このファイミリア王国だけ、どこの国ともつながってるんだなって思って」

 この大陸にある国は、すべて先が尖っているような独特の形をしていた。まるで星を真っ二つに割ったみたいだ。そして、その中心に、このファイミリア王国はあった。
 ほかの国々は他国と隣接していないのに、このファイミリア王国だけ三つすべての国とつながっている。

「そうですねぇ。この国が中立国家なので、それも関係あるかもしれませんね」

 中立国家……そういえばそんなようなことを昔アンドリューから聞かされたような気もする。
 よく言えば平和主義、悪く言えば八方美人と、たしかそう言っていた。

「ふーん。なんか大変なんだね」
「そう思いますか?」
「だって、あっちもこっちも関わらなくちゃいけないし、めんどくさそう。私には無理」

 八方美人なんて疲れるだけだ。お国というのもなかなか大変らしい。
 ふたたびパラリとページを捲って、パラパラと眺めたけれど、つまらなそうだったから本をとじた。ぐでっとテーブルに寝そべって、ルーカスを見あげる。

「ねえ、へーデル湖? だっけ?」
「水の巫女の村があった場所ですか?」
「うん。そこって燃えたんだよね? 水の巫女がいたのに、炎消せなかったの?」

 ずっと不思議だった。雨が呼べるなら火は消せるはずだ。なのに燃えて滅んだなんて、水の巫女が聞いてあきれる。

「どうでしょう。水の巫女の力がどれほどなのかわからないため、私からはなんとも言えませんね。ローゼはどう思います?」
「私?」
「はい。消せたと思いますか?」

 突然業火に包まれる……消せるだろうか?
 消せるとしても、安全なところに逃げてからじゃないと無理かもしれない。あれは意外と神経を使う。それに、雨が降るまでに多少のタイムラグがあるのだ。雨を呼んでいる間に燃えているかもしれない。
 そう考えると、雨を呼べても万能というわけではない。

「さあ。どうだろうね。わからない」

 とりあえず適当にそう言ってごまかした。

 そのままテーブルに寝そべっていると、次第に眠くなってくる。

「ローゼ?」

 遠くで声が聞こえた。そして、ふわりと頭がなでられる。

「慣れない場所で疲れているのかもしれませんね。おやすみなさい、ローゼリッタ」

 肩になにかがかけられたのはわかったけれど、もう返事をする気力もなく。私はそのまま眠りの沼に沈んだ。

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