第9話

「ローゼリッタ様、私がダンス講師を務めさせていただきます、オズワルトでございます」

 そう名のった女性は、すこしつり上がった目にかけられているメガネを片手であげ、真っ赤な唇を不敵に持ちあげた。

 見るからに厳しそうな人だ。すこしでもサボれば見破られてしまいそうな、鋭い瞳をもっている。

「ダンスは未経験だとうかがいました。まずは、かんたんなステップからはじめましょう」

 オズワルト講師はそう言って、ポーンとピアノの鍵盤を鳴らした。

「ローゼリッタ様、頑張ってください。応援しておりますわ!」

 扉のそばに控えているマリーから、声援が飛ぶ。それにあいまいに笑いかえしながら、私はオズワルト講師を見つめた。

「ダンスというのは、心で踊るものです」
「は、はぁ……心?」
「女性にダンスの技術など必要ありません。大切なのは、パートナーに身も心も任せることです。すべてをさらけ出し、身をゆだねるのです」
「…………」

 ルーカスは、本当にこの人を私の講師に指名したのだろうか。人違いではないだろうか。なにかの手違いとか。技術はいらないと明言するような人が講師でいいのだろうか。

 引きつる顔をなんとか笑顔に変えて、私はぎこちなくうなずく。

「そこで、ローゼリッタ様にぴったりのパートナーをご用意しました」
「そうですか」
「どうぞ、入ってください」

 オズワルト講師が声を張ると、数回のノックが響く。マリーが扉をあけているのが見えた。
 扉から入ってきたのは、短く切りそろえられた金髪と、透きとおるような茶色の瞳をした、たくましい男性だった。

 その男は、勇ましさを感じる足取りで私の前に立ち、鋭い瞳を向けてくる。どこかの殺人犯のような目つきだ。

「こちら、ファイミリア王国、第一王子、サルタス・フォード様でございます」
「えっ、第一王子⁉︎」

 第一王子の登場に、目を剥く。こんな場所に駆り出されるような身分の男ではない。

「今回は、サルタス様自ら名のりでてくださいました」
「……どうも。サルタス・フォードです」

 無愛想なあいさつに、本当にこの男が名のり出たのかと疑うほどだ。無理矢理駆り出されたというのがしっくりくるほど、無口だし、愛想がない。

 逃げだしたい思いを必死にこらえながら、私はなんとか笑顔を作る。

「ローゼリッタです。よろしくお願いします」
「ああ」

 会話が終わった。

 流れた沈黙に居心地の悪さを感じていると、オズワルト講師がポーンとピアノを鳴らす。

「まずは一度、踊ってみましょう」
「えっ、もう⁉︎」

 さっき、かんたんなステップから教えると言っていたはずだ。ウソをついたのか。

「大丈夫ですよ、ローゼリッタ様。サルタス様に身も心も任せるのです」

 オズワルト講師はそう言って、私に笑いかけた。
 はじめて会った無愛想な男に身も心も任せろとは、とんでもない難題をふっかけてくる講師だ。

 そもそもなにを話せばいい。足を踏んづけたりしたら凶悪ナイフの瞳で突き刺されそうだ。
 というより、この第一王子は私のことを知っていたのか。この城で、私はどういう扱いになっているのだろう。
 やっぱりルーカスの客人ということなのだろうか。

 おそるおそる第一王子サルタスを見あげると、サルタスは意外にも繊細な動きで私に手を差しだした。

「お手を」
「は、はい!」

 慌ててサルタスの手に自分の手を重ねた。そして、そのままどうすればいいのかわからず戸惑っていると、音楽が流れる。サルタスの腕が私の腰に回ってきて、そっと引き寄せられた。

「肩の力をぬいてください。音楽を聴いて」

 耳もとで囁かれた言葉にうなずいて、音楽を聴く。流れるメロディーに集中していると、なんと私の足は勝手にステップを踏みはじめた。

 サルタスがうまく誘導しているのだとわかった。私の腰をしっかり支え、次に動く方向へとさりげなく向きを変えさせる。
 そう簡単にできる芸当ではないだろう。ダンスの経験などまったくない私が音楽に合わせて踊れているという奇跡に、わずかに感動した。

 サルタスの顔を見つめると、サルタスは凶悪ナイフのような瞳をやわらげ、静かにほほ笑んだ。
 笑顔は、たしかにルーカスに似ているかもしれない。満面の笑みというよりも、ほほ笑むところがそっくりだ。
 瞳の色や、まとう雰囲気はまったく違うが、兄弟という言葉に素直にうなずけた。

 しばらく踊りつづけ、やがて音楽が止まる。手が離され、私はその場にへたりこんだ。

「大丈夫ですか」

 私に合わせるようにひざまずいたサルタスに軽くうなずく。

「大丈夫。かかとの高い靴になれてないだけ」
「疲れたのでしたら休憩にしましょう。無理をしてはいけない」

 ひょいと持ちあげられて、目を見ひらく。たくましい腕が、私の膝裏と背中にまわっていた。
 私を横向きに抱いたまま、サルタスは窓辺へと移動し、出窓部分に私を座らせた。

「ありがとう」
「いえ。靴もぬいだほうがいい」

 そう言って、サルタスはその場にひざまずいて、私の靴に手をかけた。おどろいている間に、あさっさりと靴が脱がされる。丁寧に靴をそろえているのを見て、この男は几帳面な性格なのだろうと思った。

「はぁ、お美しい……」
「ん?」

 私が視線を向けると、マリーとオズワルト講師が、胸の前で手を組んでうっとりとした眼差しで見つめてきていた。

「あのー」
「まるで、一枚の絵のようですわ。ローゼリッタ様、マリーは幸せでございます!」
「……そう、よかったね」

 大粒の涙を流しはじめたマリーからそっと視線をそらし、私は楽になった足を抱えて窓の外を見つめた。

「ここでは、庭園が見えます」

 低い声がすぐそばで聞こえ、横目に視線を向ける。サルタスが私のうしろからのぞきこむようにして窓の外を見ていた。

「薔薇園が見えますでしょう」
「え、ああ、うん。きれいね」
「花はどんなときも凛と咲き誇り、美しい」

 強面の顔からは想像できないような言葉が聞こえた。花を好むようには見えないから意外だ。どちらかというと、剣や槍といった刃物が似合う。

「あなたの髪も、とても美しい」

 サラリと髪に触れられ、逃れるために窓に体を張りつける。サルタスはしまったというような顔をしてから、私の髪から手を離した。

「すみません」
「あ、ううん。おどろいただけ」

 一瞬、サルタスの顔が崩れて見えたが、気のせいだろうか。
 強面の顔が、赤子をみた父親のようなだらしない顔になっていたが、きっと気のせいだろう。
 やや気まずい沈黙が流れた。

 サルタスは戸惑うように目玉をぐるりと動かしていた。動揺がつつぬけだ。なんだかかわいそうになってくるほどだ。
 会話のきっかけを作ってあげなくてはならない気がしてくる。

 とりあえず頭に中にあるサルタスの崩れた顔を、私は首をふって追いだす。

「えーと、あの。サルタスは私のこと知ってたの?」

 無難にそう問いかけてみた。

「はい」

 サルタスはホッとしたように息をはきつつうなずいた。

「ルーカスから聞いたってこと?」
「いいえ」

 まさか「いいえ」と返されると思ってなかったからおどろいた。
 ルーカスから聞いてなかったのに私を知ってたとはこれいかに。

「えーと、私ってこのお城でどういう扱い? 罪人とか?」

 もともと指名手配されていたのだ。指名手配犯が捕まったと噂になっていても、なにもおかしくない。

 サルタスはきょとんと目をまたたかせてから、お腹と口もとに手をあてて肩を震わせた。

「はははっ、あなたはおもしろいことをおっしゃる」

 べつにおもしろいことを言ったつもりなんて微塵もないのだが。サルタスの笑いのツボがまったくわからない。

「あなたはこの国にとって大事な人です。罪人になんて、なるはずがない」

 今度は私が目をまたたく番だった。意表をつかれ、カッと体が熱くなる。あわててううむいた。

 間違いない、ルーカスの兄だ。
 不意に甘い言葉をささやくところとか、そっくりだ。親の教育なのか、それとも弟ルーカスがサルタスのマネをしたのか。とにかく心臓に悪い兄弟だ。

 サルタスは小さく笑いながら私に手を差しだした。

「そろそろレッスンにもどりましょう」
「そ、そうだね」

 動揺を悟られないようにしつつ、靴をはいてその手をとった。

 その日は何度か休憩をはさみつつ、ひたすら踊りつづけ、レッスンが終わるころには私の体は音楽とステップを刻みつけていた。

「ローゼリッタ様は運動神経がとても素晴らしい。今後がますます楽しみでございます」

 私の講師、オズワルトははずんだ声でそう言って、部屋を出ていった。サルタスも部屋を出ていこうとしていたので、その背中に声をかける。

「あの! ありがとう。とても踊りやすかった」
「お役に立てたなら、光栄です」

 サルタスはそれだけ言ってうやうやしくおじきをすると部屋を出ていった。
 無愛想だが、性格は悪くなさそうだ。弟、ルーカスの方が性格に難ありな気がする。

「ローゼリッタ様、私たちももどりましょうか」
「そうだね。それなりに疲れたし」
「あれだけ踊ってあまり疲れていらっしゃらないなんて、ローゼリッタ様は運動かなにかされていたのですか?」
「うん、まあね」

 盗賊だったというのは言わなくていいだろう。盗賊が城にいるとなって、牢屋生活になったら困る。

 マリーの追求を適当にごまかしながら、私は自分の部屋へと歩きだした。

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