第7話

 ルーカスの鋭い赤い目に射ぬかれ、私の背中を冷や汗が伝っていった。

 ルーカスはすぐに私から視線をそらすと、赤い石のネックレスの表面を軽くなで、ゆっくりと首から下げる。

「残念ながら、私も実際に見たことはないのですが、古い文献にのっていました」

 私は自分の脈が早くなっていくのを感じていた。
 ルーカスの声も、だんだん遠くなっていく。ただ、知りたくなかった自分を見せつけられているようで、足のさきが冷えた。

「水の巫女の一族は、この国の南部に位置する、へーデル湖周辺の村に住んでいるらしいのですが、十数年前、湖一帯が焼きつくされる事件がありまして。水の巫女の一族は滅んでしまったと思っていたのです」

 ルーカスはたんたんと説明をしていくが、その低音が耳の中をとおりすぎるたび、息苦しくなっていく。陸に打ちあげられた魚のような苦しさだ。
 私は自分の胸のあたりをわしづかんだ。

「なぜ水の巫女の一族が南部、ヘーデル湖周辺に住んでいたかという話ですが、それは、隣国のグランシード王国が関係するのです」
「グランシード王国?」
「はい。南にある、砂漠の国ですよ」

 グランシード王国は、私も聞いたことがあった。この国の王都と、グランシード王国とは、私の住んでいたアジトを直線でつないだような位置関係だ。グランシード王国からやってくる商人をよく見かける。

「ここ十数年あまり、グランシード王国の干ばつが進行しておりまして、原因を調べたところ、どうも水の巫女の一族が関係していることがわかったのです」
「どういうこと?」
「さきほど言いましたでしょう。水の巫女の一族は、雨を呼べると」

 ひゅっと息をのんでルーカスを見つめた。

「水の巫女の一族が滅んだ関係で、南の干ばつが深刻化しているのです」

 ルーカスはテーブルの上に両肘をのせ、軽く手を組んでその上に自分の顎をのせた。そして、燃えるような赤い瞳を、私に向ける。

「このままではグランシード王国は滅亡の一途をたどるばかり。そう思っていた矢先、あなたがあらわれたのですよ、ローゼリッタ」
「私?」
「青い髪、青い瞳。それは、水の巫女の一族の証なんですよ」

 私は今さらながら隠すように自分の髪をおおった。

「さらに、あなたは自分が捨て子だったと言う。年齢も、ヘーデル湖の業火事件と一致しています」

 ルーカスは薄く笑みを浮かべ、私の髪に触れた。そして、指先にくるりと髪を巻きつける。

「あなたには、この国、いえ、この大陸のために、この城にとどまっていただきたいのです」

 ずいぶんと勝手な願いだと思った。私の気持ちも、立場も、なにも考えていない一方的なものだ。

 私は、赤ん坊のころアンドリューに拾われていなかったら、いまごろココにはいない。
 なのに、自分たちが困ったから助けてくれって、そんなの虫がよすぎる。

 私の頭に浮かんだのは、アンドリューたちの顔だった。

「やめて!」

 私の髪に触れるルーカスの手を、乱暴にはらった。

「ローゼリッタ?」
「私は水の巫女なんて知らない!」
「ローゼ、あなたの髪と目が、なによりの証なのですよ」

 困ったように笑みを浮かべるルーカスを、鋭く睨みつけた。

「そんなの、わからないでしょ! どこかにいるかもしれない。私は水の巫女なんか知らない! 私はただのローゼリッタ! 私は自分の家に帰るの!」

 テーブルを叩きつけて立ちあがると、ルーカスは流し目で私を見つめた。

「ローゼ、あなた、雨を呼ぶことは?」
「そんなの、できるわけないでしょ」

 視線をそらし、私は扉に向かって歩きだす。

「ローゼ、あなたをこの城から出すことはできません。しばらくはここにいてください」
「私は、家に帰りたいの!」
「それは……」

 ルーカスはなにか言いかけ、すこしつらそうに視線を下げた。

「申しわけありません。もうすこし、ここにとどまっていただきたい」
「…………」
「不自由な思いはさせませんよ。おいしい食事は保証いたします。宝石やドレスも、好きなだけ買ってかまいません」
「……っ、バカにしないで!」

 パアン! と、乾いた音が響いた。

 私がルーカスの頬を叩いた音だった。

「そんなものいらない! あなたは、なにもわかってない! どれだけお金があったって、どれだけ裕福な暮らしができたって、本当に大切なものがそばにないなら、なにも意味がない!」
「……本当に、大切なもの」

 ルーカスは叩かれた頬をおさえ、呆然とした顔で私を見つめていた。

「それがわからないのなら、どんなに恵まれていても、あなたはかわいそうな人ね」

 顔をそむけ、呆然としたまま立ち尽くしているルーカスをおいて、今度こそ私は部屋をでた。

 扉がしまる音を聞いて、その場にうずくまる。悔しくて、悲しくて、涙があふれた。

 私はただ、アンドリューたちと一緒に暮らしたかった。決して恵まれた暮らしではなかったし、してきたこともお世辞にも褒められるようなことではない。
 それでも、私にとってあの盗賊団は、なによりも大切な宝物だ。

「……ローゼリッタ様。いかがされました?」

 囁くような女性の声が聞こえる。顔をあげたさきには、マリーがいた。

「まあ、ローゼリッタ様。なにがあったのです? 美しい瞳から宝石が流れ落ちておりますわ」
「宝石って……ふふ、なにそれ」
「ローゼリッタ様には、笑顔がお似合いです」

 マリーはやさしげなまなざしで私を見つめ、きれいなハンカチで私の涙をふく。

「ひとまず、お部屋に参りましょう? ローゼリッタ様のお部屋ができたとうかがいましたわ」
「……私の部屋?」
「はい。そこでおいしい紅茶をお淹れいたします」

 マリーにうながされるままに、私は立ちあがった。

 だが、マリーの言っていた私の部屋というのは、ルーカスの部屋のとなりだった。ほんの数歩歩いたさきにルーカスがいるかと思うと、気が滅入る。

「こちらですわ。ローゼリッタ様の髪と瞳の色に合わせておりますの」

 マリーは誇らしげにそう言って、部屋の扉を大きくあけはなつ。
 部屋の中はマリーの言ったとおり、全体があわい青で統一されていた。ベットやカーテンは青で、家具は白。とても上品な部屋で、私にはあまり似合わない。

「マリー、私にはすこしもったいない部屋だね」
「まあ、とんでもございません。ローゼリッタ様にふさわしいお部屋ですわ。さあ、あちらのイスにお座りください」

 マリーが、さきほどのルーカスと同じようにイスを引いてくれる。おとなしく腰かけ、ぼんやりと部屋の中を見わたした。
 盗賊団にいたときの私の部屋と、まったく違う。あの部屋は茶色の木が多かった。色物なんて高価なものはない。
 だが、どれだけ美しくても、どれだけ高価なものでも、私が本当に欲しいぬくもりは、ここにはない。

「顔色があまりよろしくありませんわ」

 マリーの声にまざり、カップをおく音が響く。とたんに、ふわりと心を癒すようなやさしい匂いがした。

「ラベンダーのお茶です。ラベンダーというのは、リラックス効果があると言われる植物ですので、すこしは気分も落ちつきますよ」
「……ありがとう」

 カップに手を伸ばし、両手で包みこむように持つ。手のひらから伝わるあたたかさで、すこしだけ心が安らいだ。カップに鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。全身に広がるその香りは、たしかに気分を落ちつかせてくれるような気がした。

「ローゼリッタ様、そのお茶に合うお菓子もご用意いたしました。お口に合うかはわかりませんが、どうぞ」

 マリーは手にクッキーがのったお皿を持っていた。クッキーなんて甘いもの、私には手が届かないほどの贅沢品だ。下の子たちに、一年に一度、あげられるかどうかだ。それだけの高級品が、こんなにもあっさりと出てくることが、すこしだけ悲しかった。

「……ありがとう」

 小さく笑って、テーブルの上におかれたお皿に手を伸ばす。
 エミリアたちがこれを見たら、なんと言うだろうか。大きな瞳をかがやかせ、「お姫様みたい!」と言うのだろうか。ため息を吐きだし、私はクッキーをかじった。軽い食感のそのクッキーは、なんだかやさしい味がした。
 しばらくのんびりとお茶を飲んでいると、部屋の中に控えめなノックが響いた。

「どなたかいらしたようですわ。見てまいりますね」

 マリーが扉に向かって行ったのを見とどけ、カップに口をつけた。
 このお城に私の知り合いなんていない。おそらく、マリーを呼びに来たのだろう。
 胸の内にあふれる寂しさに、軽く息を吐きだす。それと同時に、テーブルにすこし影ができた。

「ローゼ」

 甘く低い声に、おどろいて顔をあげる。そこには、私を見つめながら、困ったようにほほ笑むルーカスがいた。

 慌てて部屋を見まわしたが、マリーの姿はどこにもなかった。

「マリーなら、部屋の外にいますよ。仲良くなっていただけたようで、安心しました」
「マリーはいい子だからね」

 それだけ言って、ルーカスを無視するようにお茶を口にふくむ。

「さきほどは、あなたを不快にさせてしまったようで、申しわけありません」

 ルーカスはそう言って、静かに頭をさげた。横目にその姿を見て、無視をする。

「ですが、やはり私は、あなたが水の巫女の生き残りであるとしか思えないのです」
「またその話?」

 しつこい男だ。私は違うとそう言ったのに、まだ粘るのだろうか。

「私は違うってさっき言った。雨も呼べないし、水なんて生きるために飲む水くらいしか見たことない。ほかを探して」
「その青い髪と目をして、まだそんなことを言うのです?」
「そんなのたまたまでしょ!」

 跳ねのけるように語尾を強めた。しばらく黙っていたルーカスは、やがてあのおだやかな雰囲気を無くし、その場にひざまずいて私の手をとった。武骨な手が、私の指先を絡めとる。

「ローゼリッタ、聞いてください」

 真剣な声音が響いた。
 聞かなければならないような気にさせられ、私は黙ってルーカスの赤い瞳を見つめる。

「事態は緊迫しているのです。あなたは、私の目の前に現れた、希望の光なのですよ。あなたは、グランシード王国の惨状を見たことがありますか?」

 なにも答えられずにいると、ルーカスはすこし悲しそうにほほ笑む。

「多くの民が水を求めて彷徨い、やがて力つきる」
「…………」
「雨が降れば、どれだけの人が救われると思いますか?」

 問いかけられたその言葉を、私は心に刺さる前に薙ぎはらった。

「それでも私は、雨なんて呼べない」

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