第6話

 布団が変わると寝つけないというのはよく聞くが、私は盗賊の身であるため、たとえ草の上だろうと、わらの上だろうと、眠れる自信がある。その代わり、人の気配にはすこし敏感だ。
 ふと、空気の流れが変わった気がして目がさめた。

「だれ!?」

 飛び起きざまに、枕もとにおいてある小型ナイフを手にとる。

「おや、すみません。目がさめてしまいましたか」

 ナイフを向けられた男、この国の第二王子、ルーカス・キング・フォードは、おどろいた素ふりも見せずに、ふわりとほほ笑んだ。

「そのような物騒なものをふりまわすのは感心しませんよ。さあ、しまってください」

 やんわりと注意をされ、しかたなくナイフを枕もとにもどす。
 ルーカスが私の寝ていたベッドの端に腰かけたので、すこしだけ右にずれて距離をとった。

「なんの用?」
「あなたがいるかどうか、たしかめに来ただけですよ、ローゼ」

 ルーカスの左手が伸びてきて、私の髪にふれる。

「ついでに寝顔を拝見しようと思っていたのですが……」

 わざとらしく伏せられた赤い瞳を無視し、ルーカスの手から髪を取りもどす。

「勝手に髪に触らないで」

 ピシャリと言い切って、私はルーカスの座っている方向とは逆の、右側からベッドを降りた。

「おや、冷たいですね」

 のんびりとした物言いが癪にさわり、私はベッドに腰かけるルーカスの前に立って、右手人差し指をルーカスの目の前に突き出した。

「私は手配書を取り下げてもらいに来ただけなの! 仲良くする気とかないから! それで!? 私のすることってなに!? 私ははやく帰りたいの!」

 息継ぎもせず、怒鳴る勢いで告げた。
 ルーカスはなにも思わないのか、気のぬけるようなほほ笑みを浮べて立ちあがる。

「そう急かさずとも、すぐに説明いたしますよ。あたなには、必要なことですので」

 すれ違いざまに、ふわりと髪をなでられた。

「だから勝手に触らないで!」

 スラリとした背中に声をかけたが、ルーカスは首だけふり返り、わざとらしく小首をかしげただけだった。

「ひとまず身をきれいにしましょう。どこから来たのか存じませんが、なかなかにひどい格好ですからね」

 ルーカスがそう言葉にするのと同時に、部屋の扉がノックされた。

「入ってかまいませんよ」

 私が寝ていた部屋だというのに、ルーカスが返事をしたことにすこし腹が立った。
 だが、よく考えれば、ここはルーカスの家であるも同然だ。なにしろ、ここはファイミリア王国の王城なのだから。

「失礼いたします」

 やわらかな女性の声が聞こえ、ついで扉があけられる。
 部屋の中に紺色のワンピースに白のエプロンという格好をした若い女性が入ってきた。うしろでまとめられた髪は薄茶色で、大きな瞳と、ふわりとした花のような雰囲気がかわいらしい。

「ルーカス様。湯浴みと、ドレスの準備ができました」
「ありがとうございます。それでは、彼女をお願いしますよ。終わったら私の部屋に連れてきてください」
「かしこまりました」

 状況がよく飲みこめないでいると、ルーカスが私を見つめ、赤い瞳を細めた。

「彼女は、この城のメイドです。ローゼ、あなたの身のまわりの世話をしてくれます」
「身のまわりの世話?」
「はい。彼女は武術はあまり得意ではないので、危険なことはしないでくださいね」

 やんわりと小型ナイフのことを言っているのだとわかった。

「一般の人に危害を加えるようなことはしないよ。それが、約束だから」

 ルーカスの脇をとおりすぎて、城のメイドだという女性のもとまで歩く。

「そうですか。それは安心しました。それでは、またのちほど」

 かけられた声に返事はせず、私はメイドにつき従って、豪華な部屋をあとにした。

 しばらく歩いたところで、私を誘導するように前を歩いていたメイドが、突然歩みを止めた。
 なにごとかと思うと、メイドはふり返ってうやうやしくおじきをする。

「ローゼリッタ様、あなたの身のまわりのお世話をさせていただくことになりました、マリーと申します」
「なに、そのローゼリッタ様って。ローゼでいいよ」
「それはできません」
「どうして?」
「主人を呼び捨てにするメイドが、どこにいましょうか」

 数秒目をまたたいて、おそるおそる自分の顔を指さした。

「主人って、私のこと?」
「はい」
「えっ、なんで?」
「なぜと申されましても……ローゼリッタ様のお世話をするように仰せつかっております」

 身のまわりりの世話というのが、どうやら私の感覚とずれているようだ。
 てっきり私は、盗賊団に新人が来たときのように、道案内やら物の使い方を教えるだけだと思っていた。それがまさか、主人と呼ばれようとは……。

「えーっと、そのお世話係を取りやめることは……」

 そっと、メイド、マリーを見つめる。
 目があったマリーは、大げさに目を見ひらいて、両手を口にあてた。

「まあ、ローゼリッタ様、私をクビになさるおつもりですか?」
「えっ? クビ?」

 なんだか、ものすごく大事な気がした。

「私、ここを追いだされたら行く場所がございません。そうしたら、きっと私は路頭に迷って、怪しい商人に捕まってしまうんですわ」

 がくりとその場に膝をついて、深くうつむいてしまったマリーに慌てて駆けよる。

「ご、ごめん! 私、そんなつもりはなくてっ……」
「では、私の主人になってくださいますか?」
「う、うん! わかった!」

 悲痛な声に、私は大きくうなずいた。その数秒後、マリーはパッと顔をあげる。

「そうですか。それはよかったです」

 マリーは、花のような美しい笑みを浮かべていた。
「……え」

 私を置き去りにして素早く立ちあがったマリーの顔には、涙のあとなどどこにもない。目も赤くないし、潤んでもいない。

「さあ、はやく参りましょう。ローゼリッタ様」

 小首をかしげたマリーに、悪魔を見たような気がした。私はムッとしてマリーを睨む。

「騙したのね!」
「まあ、騙すなんてとんでもない。私はここを追いだされたら、本当に行き場がなく、ローゼリッタ様にお使いできない私は、存在する意味などないのです。それでも、ローゼリッタ様が私をクビにすると申されるなら、私はそれを受け入れましょう。さあ、煮るなり焼くなり、お好きになさってくださいませ」

 マリーは断罪を待つ悪人ように固く目をとじた。

「わ、わかった、わかったよ! 主人でいいから!」

 負けた。

 私はたしかに敗北を感じていた。
 路頭に迷うなんて言われて、それでも嫌だと言えるはずがない。
 だって私は、親に捨てられて行き場のない子どもたちを、大勢見てきた。飢えでガリガリにやせ細った子や、恐ろしい目にあって人に怯えるようになった子。

 軽くため息をついてマリーを見つめた。マリーはハッとしたような顔をして、私の手をとる。

「大変です、ローゼリッタ様」
「……今度はなに?」
「無駄な時間を過ごしてしまいましたわ。急いで湯浴みに行かなくては、ルーカス様をお待たせしてしまいます」
「……無駄……うん、もうなにも言わないよ。行こうか」

 重たい腰をあげ、私はおとなしくマリーのあとに続いた。

 私は湯浴みというのが、水をかぶるだけではなかったことにおどろいた。湯気が立ちこめる熱い湯に体をつけるのだ。これがまた、なんとも極上の気分にさせてくれる。

「ローゼリッタ様、お湯かげんはいかがですか?」

 マリーは、熱心に湯船から出ている私の肩にお湯をかけてくれている。

「気持ちいいよ。ありがとう」

 目をとじながらそう答えると、うしろからマリーの小さな笑い声が聞こえた。

「どうしたの?」
「申しわけございません。ローゼリッタ様は、とてもかわいらしい方ですね」
「それ、バカにしてる?」
「まあ、そんな、めっそうもございません。私は本当のことを申しただけですわ」
「うん、わかったから。お湯飛んでるから」

 満タンにお湯の入った桶を持ったまま力いっぱい首をふるから、勢いよく水滴が降りそそいでいる。

「まあ、申しわけございません」

 白々しくそう言ったマリーは、ふたたび私の肩にお湯をかけだした。

「ローゼリッタ様の髪、とてもお美しいですわ。私、このような髪色ははじめて見ました」
「そうなんだ。王都にもいないの?」
「見かけませんね。ローゼリッタ様はこの国のお生まれですか?」
「さあ、どうだろう」

 アンドリューは私を拾ったと言っていたが、どこで拾ったかくわしいことは聞いていない。
 私が赤ん坊のころというと、アンドリューはまだ15歳くらいだ。おそらくアジトの近くの町で拾ったのだろうと思っている。

「……も、申しわけございません!」
「えっ、なに⁉︎」

 マリーが突然桶を放り出し、その場に手をついて土下座をした。投げ捨てられた桶が、寂しそうに床に転がる。

「私、主人のプライベートに土足で踏みいるようなマネを! ローゼリッタ様、私に厳重な処罰を!」
「あはは、なんだそんなこと。別にいいよ」
「よくありません!」

 頑なに首をふるマリーは、変だけど真面目なようだ。小さく笑い、パシャンと手でお湯をたたく。

「あー、じゃあ、お湯かけてよ。肩寒いし」

 自分で肩にお湯をかけると、マリーはパッと顔をあげた。

「は、はい! ただいま!」

 ルーカスは気に入らないが、マリーは嫌いではない。ふわふわとした雰囲気は似ているのに、好感度は雲泥の差だ。
 マリーは変なこともするが、真面目さと素直さ、あとはやさしさを感じることができる。
 ルーカスからは、やさしさを微塵も感じない。顔は美しいが、心は泥のような最低な男だ。

 私はこみ上げる憎しみを押し殺し、マリーと雑談をかわしながら、はじめての湯船をたんのうした。

 湯からあがると、脱衣所にはマリーと似たような服を着た女性が数人待ちかまえていた。

「ローゼリッタ様、お召しかえでございます」

 それだけ言って、女たちは私をとり囲んだ。そして、目にも留まらぬ速さで、私に服を身につけさせる。
 お腹をきつくしめつけられ、顔に粉をはたかれ、うしろの髪は半分の毛を残して軽くまとめられる。最後のおまけとばかりに、かかとの高い靴をはかせられた。

「はぁ……ローゼリッタ様、お美しいですわ」

 マリーが、胸の前で手を組んで私を見つめてくる。

「ちょっと、マリー、なんなのこれ」

 文句を言おうと口をひらいたが、マリーが思い出したように手を叩いて、私の声はかき消される。

「たいへん、もうこんな時間ですわ。急ぎましょう、ローゼリッタ様」
「あっ、ちょっと、マリー!」

 かかとが高くてうまく歩けないというのに、マリーは容赦なく私の手を引く。
 必死に歩いてやってきた場所には、白い重厚な造りの扉があった。
 真っ白の扉を黄金で縁取っていて、ドアノブは磨きぬかれたように光り輝いている。見ただけで身分の高い者が住んでいるのだと予想できた。
 おそらく、ここがルーカスの部屋だ。

 マリーは扉の前で一呼吸おいて、ゆっくりと扉をノックした。

「ルーカス様。ローゼリッタ様をお連れいたしました」
「お入りなさい」

 扉の中からルーカスの声が聞こえた。
 マリーはルーカスの返事を聞くと扉をあけ、私を目でうながす。マリーのすがる子犬のような目を見て、私はしかたなく足をすすめた。

 ルーカスの部屋は、私が寝ていた部屋の三倍はありそうなほど広々としていた。まさに王子の部屋というのにふさわしい。床には、靴の衝撃を吸収するやわらかな絨毯が敷かれている。
 扉の真正面に置かれている机に向かっていたルーカスは顔をあげ、おだやかにほほ笑む。

「ローゼ、よく似合っていますよ」
「どうも」

 素っ気なく答えて、ルーカスの前に足をすすめた。

「それで、どういうつもり? 人をおたずね者にして、こんな格好させて」
「そうですね。順を追って話しましょう。マリー」

 ルーカスは私のうしろに控えていたマリーを見た。

「はい、ご用でしょうか」
「しばらく下がっていなさい」
「わかりました。それでは失礼いたします」

 マリーは一礼をするとあっさり部屋を出てしまい、私はひとり取り残されてしまった。

「ローゼリッタ」

 ルーカスの赤い瞳が私をまっすぐに射ぬく。

「あちらにテーブルがあります。移動しましょう」

 ルーカスはさりげなく私の手をとり、まるでエスコートでもするかのように私を誘導する。

 ルーカスが示した場所には、白く華奢なテーブルとイスのセットがあり、ルーカスはひとつのイスを引いて私を座らせると、自分は私の前のイスに腰かけた。

「いくつか、おうかがいしたいことがあります。嘘はつかないでくださいね」
「……わかった」

 しぶしぶうなずくと、ルーカスは満足そうにほほ笑み、テーブルに肘をついて軽く手を組んだ。

「まず、あなたは今、おいくつですか?」
「さあ。正確なことはわからないけど、たぶん16くらい」
「たぶんというのは?」
「私、捨て子だから。親の顔は知らない。赤ん坊だった私を拾ってくれた人が、私を育ててくれた」
「そうでしたか」

 ルーカスは険しい表情を浮かべ、自分の首からひとつのネックレスを取りだした。

「これに、見覚えは?」
「それ……!」

 ルーカスが取りだしたネックレスは、銀の台座の上に、透きとおる赤い石がおかれているデザインをしていた。
 私が拾われたときから持っていたという、アンドリューに手渡したネックレスにそっくりだ。

「見覚えがあるようですね」

 ルーカスはネックレスをはずし、テーブルの上におく。赤い石の真ん中には、『ファイミリア』と、この国の名が刻まれていた。

「このネックレス、今はどちらに?」
「育ての親にあずけてきた」
「そうですか」

 ルーカスは顎に指をそえ、考えるような顔をしてネックレスを見つめた。

「そのネックレス、なんなの?」

 私がネックレスを指さすと、ルーカスはかすかにほほ笑んでネックレスを持ちあげる。

「これは身分証明のようなものですよ」
「身分証明?」
「はい。あなたがこれを持っていたということは、やはりあなたが水の巫女の一族で間違いないようですね」
「水の巫女? なんなのそれ」

 昨日もこの男は水の巫女と口にしていた。

「水の巫女とは、その名のとおり、水を呼べるんですよ」

 私の心臓が大きく脈をうった。
 私には、心当たりがあったからだ。この王都に来る前にも、私は雨を止めたばかりだ。
 雨を止めることもできれば、当然降らせることだってできる。

「噂では、雨を降らすこともできるとか」

スポンサーリンク